神無月に神在る処へ

聖地で過ごした3日間




 今年も残すところあとわずかになり、「師走も押し迫り・・・」という毎年使い回された表現を、今年もまた耳にする時期になった。「師走」といえばもちろんこれは12月の異名だが、現在の暦とはかなりずれている。年によっても違うが、現在の12月は旧暦ではまだまだ10月である。つまり「神無月」である。日本の津々浦々の八百万の神々が、島根の出雲大社に集合されて来年度に向けての「結び」の会合をされるそうである。そのため各地の神々は留守となり、ゆえに「神無月」と呼ばれるとのことである。男女の縁結びはもちろん、人間界におけるあらゆる縁を結ばれるそうで、さぞかし神々も大変なことだろう。毎年毎年、遠路はるばるお疲れ様で御座います。

 ところでそういう理由により、日本で唯一出雲地方だけが旧暦10月を「神在月」と呼んでいる。旧暦の10月10日に集合されるそうだが、今年は12月1日に神様を迎え、8日にお発ちになるとのことである。それぞれ「神迎祭」「神等去出祭」という神事がとりおこなわれる。私事だが、たまたま仕事の都合により12月7日〜9日まで休みが取れた。この日程ならお迎えの神事は無理だが、神様大集合の期間にどっぷり出雲に浸ることが出来るし、諸国へ戻られる神様方を見送ることも可能だ。このチャンスを逃す手はない。ということで、いざ、出発!


 今回の車中泊の旅は、非常にシンプルである。お宿は「道の駅 大社ご縁広場」である。レストランも土産物屋もないとのことであるが、それで十分である。というかその方がいい。逆に吉兆館という資料館があるらしい。出雲大社のすぐ近くで、向かい側にはローソンがあるようだ。ここをベースキャンプにして、どっぷりと聖域を堪能する予定である。


 鳥取市までは中国道、そして鳥取道を乗り継いで2時間ほどで到着する。地元で評判のラーメン屋で腹ごしらえをして、今度は山陰道を西へ向かう。まだ全線開通はしていないが、非常に快適に走る。かつて大学生の時にバイクで走った頃とは雲泥の違いがある。まるで北海道を思わせるような直線道路、そして横には巨大な風車が回っている。日本海を横目に見ながら、快走する。とは言っても愛車はエブリィ、スポーティーな走りを求めることはハナから縁がないが、エブリィなりにご機嫌な走りを見せてくれた。そして左手に大山が見え始めた頃から日が差し、何とも荘厳な姿を現した。さすが霊峰大山である。これから神々の聖域に向かう私の心を、ほんと清らかなものにしてくれた。

今回のお宿 道の駅 大社ご縁広場

なぜか惹かれた釣具店。前方に鳥居が見える。

大国主様、お久しぶりです。



 順調に目的地にたどり着き、車を止めて早速お参りをさせていただく。いつ見ても大きな鳥居だ。その手前にあった釣具屋さんに、なぜか心が惹かれたので写真に収める。そして次の鳥居へ。参道の中央は神々のお通りになる道なので、一般人は通行止めになっている。外側をとおり、本殿へ。

 まず2礼4拍1礼のお参りをしてから散策する。昨年の大遷宮の折りにも来させていただいたが、何度見ても雄々しく、そして厳かなたたずまいを感じる。そして十九社に参拝する。ここは集合された神々の宿泊施設で、普段は閉じられている。だがこの期間中は扉が開いているのだ。もちろん白い布が下がっていて中は見えないのだが、初めて見る風景である。そして全く知らなかったのだが、神様を迎えてから本日(7日)まで、この大社がライトアップされるそうなのだ。なんとも運のいいことだ。 

 実は前日までは今シーズン最大の寒波なるものがやってきており、本当は今回の旅をためらっていたのである。あるいは一日遅く出発しようかとも考えていた。でも無理をおしてきた甲斐があった。日没になった途端、何とも言えない厳かな大社が姿を現したのだ。これは私のまずい文章で表現したら荘厳さを損なってしまいそうなので、どうか画像をご覧くださいませ。

神迎祭・神在祭

やって来ました。


巨大神殿の柱跡

神々のお宿。扉が開いてました。



ライトアップ1

ライトアップ2



 そして夜。聖地では似つかわしくないのだが、路上生活をさせていただく。パック入りのおでんを温め、向かいのローソンで買ってきた刻み唐揚げ丼とサンマの缶詰をアテに、一人酒を楽しむ。日曜の夜なのに、同じようなことを考える人もいるものだ。十数台の車が車中泊をしているようだが、広大な駐車場なので快適に過ごせる。トイレも綺麗だし言うことはない。一番の心配事であった寒さも、ダウンを着込んでダウンシュラフに潜り込み、さらに毛布にくるまれば、もう暑いぐらいであった。もちろん体の内側からも十分温めているが・・・。ぐっすりと安眠することができた。

初日の一人宴会

朝・・・。  屋根の上の月が幻想的。

見事な朝焼け。



 翌朝、夜明け前に目が覚める。天気予報では晴れのち雨ということであった。まだ完全には明けきってはいなかったが、もうかなり明るい。まずはトイレに行こうと思い、車外へ出る。やはり寒い。でもきれいな朝焼けが空を染めていた。そしてふと反対側を見上げると、お社の形をした吉兆館の千木の上に、なんとまんまるのお月様が掛かっているではないか! きっと何かいいことがありそうな、そんな予感をさせる光景だった。思わずシャッターを切る。 

 今日の朝飯は、味噌煮込みうどんである。同じインスタントには違いないが、朝からラーメンはどうもしっくり来ない。やはり朝は洋食か和食だろう。寒い中ですするうどんは、ほんとシアワセを感じる。


 さて今日は午前10時から神在祭および縁結大祭、そして午後4時からは神等去出祭がある。月曜日の早朝なのに多くの人出があり、本日の受付に並んでいた。わたしは特に受付をすることもなく、勝手気ままに散策する。空は澄みきり、本当に気持ちのいい朝である。

 そして腹ごしらえは、当然の事ながら出雲蕎麦である。今回は出雲大社御用達の「かねや」でいただく。なんとも清々しい香りの蕎麦は、あっという間に喉を通って胃袋に収まってしまった。う〜ん、もう一セット食べようかな。どうも蕎麦は満腹にはならないものだ。 

 腹八分目ぐらいにしておいて、すぐ近くにある「古代出雲歴史博物館」に立ち寄る。まずは中央ロビーにある巨大柱を見る。十年ほど前に発掘された三本一組の巨大な柱である。口ずさみに「雲太、和二、京三」と言われたそうで、かつての出雲の大社は、奈良の大仏殿よりも、京都の大極殿よりも、ずっとずっと大きかったらしい。以前は伝説というレベルぐらいにしか思われていなかったのだが、この大発見で一気に現実味を帯びてきた。なんとも壮大なロマンではないか。

 そして国宝の青銅器(銅剣・銅矛・銅鐸)はただもう圧巻としか言いようがない。一体誰が何のために、このように大量の青銅器を埋蔵したのか・・・・。また石見銀山の歴史や中国地方のたたら製鉄に関する展示も、いつまで見ていても飽きないものだった。そしてシアターでは神話の世界をわかりやすく紹介してくれる。本当は近くにある島根ワイナリーに行って、しこたま試飲してやろうと思っていたのだが、ふと気づいた時は神等去出祭が始まる頃になっており、残念ながらワインは諦めざるを得なかった。

朝の参拝

西側の神々のお宿

青空の中にそびえ立つ大社


神在祭1

神在祭2


「かねや」 にて。

発掘された巨大な柱

復元された神殿



 さて、今回の最後の神事、「神等去出祭」は文字通り神々がお帰りになる儀式である。その頃は雨が降り始めていたが、折角来たのだからこれを見ずに帰ればきっと後悔すると思い、雨にも負けず、神事が行われるのを待つ。そして神官が神々が乗り移った榊をお運びになる時、偶然にもスマホのバッテリーが切れてしまった。だから写真に収めることは出来なかった。そして目の前を通り過ぎられる瞬間、思わず目を伏せて頭を下げてしまった。やはり神さまは、私たちには見えないけれども、確実に存在するのだ。なんかそういう気持ちにならざるを得なかった。そして「お立〜ち〜」の掛け声とともに、この地を立ち去られたのであった・・・・。

 厳かな気持ちになって、車内に戻る。そして神に近づくために、今夜も一人宴会をおっぱじめる・・・・。

2日目。 宴会はじまりはじまり・・・・。

中海の風景



 さて3日目の朝、この日も爽快に目覚める。シュラフを畳んだり荷物を整理してから、大社方面に向かって参拝し、この地を後にする。今日目指すは美保神社である。ここは全国の恵比寿神社の総本家である。そして大国主命(大黒様)の息子である事代主が恵比寿様ということらしい。「国譲り」という勝者の勝手な理屈の本当のところはよくわからないが、何にせよ大変な選択と決断を迫られた2人である。おやじ様のところで2泊もお世話になったからには、息子さんにもせめて挨拶ぐらいしないとバチが当たる・・・かどうかはしらないが、宍道湖・中海の北側コースを走る。

 美保神社には男の神さまと女の神様が祀られてあり、それで千木が違う形をしているそうである。ちょうど伊勢の内宮さんと外宮さんが並んで建っているような感じだった。門前も土産物屋で、天日干しのアジやイワシの干物を買い込む。

ゑびす様の総本宮「美保神社」

三穂津姫命と事代主神を祀る。



天日干しの白いか

きれいなメザシ。旨かった!



 さていよいよ今回の旅も終盤である。今一番したいこと、それは温泉に浸かることである。快適に熟睡したとはいえ、車中泊で縮こまって寝ていたので、湯の中で手足を思いっきり伸ばしたい。そしてそれによって今回の旅は完結するのだ。なんていう勝手な理屈付けで、皆生温泉おーゆ・ランドにいく。あ〜、快適快適・・・。


 今回は我が愛車エブリィ君がベースキャンプとなり、のんびりと聖地を堪能することが出来た。神さま大集合の地に行って、タップリのご利益を授かろうなんていうちゃっかりした心境もなく、純粋に旅情と贅沢な時間を感じることが出来た旅だった。神々が集う地、それはまさしく人間が心の自由を取り戻す地と言えるかもしれない。
                                                                                                  (2014.12.16)

 



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