安芸の宮島、広島城




 今年の夏は暑かった。それもただ単に暑かっただけではなく、かなり長引いた。普通なら「暑さ寒さも彼岸まで」という諺通り、いくら暑い夏でも彼岸を過ぎればそれなりに秋を感じさせるものである。ところが今年は彼岸を過ぎても、じっとりとした嫌な汗をかく日が多かったと思う。具体的な数字ではわからないが、私の体感としてはそのような夏だった。でも十月になればやはりそれなりに涼しくなってきて、何をするにも絶好の季節になり、秋を感じさせる。「秋だなあ。そうだ安芸に行こう!」と思ったわけではないが、広島方面へ車中泊の旅に出ることにした。(クオリティの低い駄洒落)

 10月の8〜10日は3連休である。特に用事も入っていない。そしてはこの連休を利用して、広島で一人暮らしをしている友人宅へ遊びに行く計画を立てていた。ということでそれに便乗し、往復は二人で、そして着いてからはそれぞれ自由行動で、ということで話をつける。娘は往復の費用がタダになるし、私は私で娘の送迎という大義名分(実質は一人で遊びほうけるのだが・・・)ができるという、両者の利害関係が一致したのである。

 予報では天気は崩れるということだが、幸い今のところ降ってはいない。愛車デンデン君は快調に走る。何度か休憩をとりながら、目的地の廿日市駅に到着する。娘とはそこで別れ、本日のお宿「道の駅スパ羅漢」へ向かう。もう営業時間は終わっていたので、せっかくの温泉付きの道の駅だが、本日はおとなしく寝るだけにして、明日ゆっくりと温泉に浸かるとするか。途中のスーパーで買った総菜をアテに、一人宴会をして眠りにつく。ちょうど雨も降ってきており、雨音を子守歌に熟睡する。

一人宴会のひと時・・・。

静かに夜は更けていく。



 さて早朝から目を覚まし、宮島へ向けて出発する。宮島へのフェリーはJR宮島松大汽船の2種類があるが、値段は同じなので行きは松大汽船、返りはJRに乗ることにした。わずか180円という信じられない安さで世界遺産まで運んでくれるのである。なんとも良心的である。
 デッキのベンチに座って景色を見ていると、60代ぐらいのオッサンが前に立ちはだかって、写真をバチバチ撮っている。多少ならいいけどあんまり長いこと居座るなよな、と思ったが、まあ人生の先輩だからと、広い心で受け止めておく。

フェリー乗り場

宮島の街並み



 そして島に上陸すると、ちょうど干潮の時間だったのか、大鳥居まで歩いていくことができた。海の上にすっくと浮かんでいる大鳥居をイメージしていただけに、地面の上にしっかり立っている鳥居には、かえって違和感を覚えた。真下から見ると、表と裏の看板の文字は同じ「いつくしま神社」ではあるが、違う字が使われていて、密かに感動した。また柱は朱色に塗られているが、天然木をそのまま使っているとは知らなかった。そして足下にはフジツボや牡蛎がベッタリと張り付いていた。

 そのときピンク色の服を着たこれまた60代から70代のオバサンが、なんとその鳥居の柱に足をかけて、ずれた靴下をなおしていた。聖なる鳥居を足蹴にしているのである。そういえばフェリーに乗って以来、外国人の多さにはビックリしたが、やはり日本のマナーや精神性を理解するのは難しいのだろうなあと思っていると、連れのオバサンに下品な口調の日本語を話し始めたのだ。というか、てっきりマナーを知らない外人さんと思っていたのが、れっきとした日本人のオバハンであった。こんな奴らは聖域に来なくていい。この罰当たりめ! 

干潮時の大鳥居

フジツボや牡蠣殻がビッシリ。

内側の額

外側の額



 じっくりと神殿を参拝した後、清盛神社へ行く。ここは厳島神社から少し離れてはいたが、なんと誰もいなかった。確かに悪評高い平清盛である。だが勝てば官軍の歴史の中で、敗者は必要以上に濡れ衣を着せられて、極悪人扱いされてしまうものである。だが、この地においては清盛の恩恵は絶大なものであったはずなのに・・・。まあそういうものかも知れないが、その分私が心を込めて参拝させていただいた。

鏡の池

勅使専用の橋

平清盛像

清盛神社



 その後宝物館に立ち寄り、紅葉谷コースを歩き、ロープウェー乗り場に向かう。 この途中に、なぜか「世界で2番目にうまいメロンパンアイス」なるものが売っていて、それにむしゃぶりつきながら登り道を歩く。

 そして順番に並んで乗ろうとすると、これまたええ歳のオバンが、いきなり私を押しのけて先に乗車した。どうやら定員に後一人というのがわかって、押しのけて先に乗ろうとする魂胆らしかったが、私も一人旅である。まったく状況判断ができない自己主義なオバンである。

 よく「最近の若者は」という言葉を耳にするが、少子高齢化がさらに進んでいくこれからの時代においては、きっと高齢者の言動が一番の社会問題になるに違いない。というのは、年齢を重ねたからと言って、決して誰もが好尚な人格になるとは限らない。それどころか、欲とエゴばかりをむき出しにした怖いもの知らず、といった存在になりかねない。先が短いと自覚している者ほど、もう何も失うものはない。つまりこれほど怖いもの知らずな存在は他には考えられないのである。朝っぱらから3人の高齢者の言動を間近に見て、思わず将来の国家を憂えてしまった。


 ロープウェーからの景色は素晴らしく、みるみる上空へと登っていく。そしてさらに次のロープウェーを乗り継いで、獅子岩駅に到着する。さっそくあちこちに奇岩が見える。おそらく出雲系統の巨石信仰の流れなのだろう。私はこういった景色は大好きである。今日は天気も良く3連休の中日である。多くの人が繰り出していた。私も一人、一歩ずつ山道を踏みしめ山頂を目指す。

 そしてついに弥山の山頂に着く。山頂には奇岩がそびえ立ち、その近くに立派な展望施設兼休息所があり、ここで一息入れる。360度展望が開け、瀬戸内海の島々や広島市内が見える。また近くには色々なお堂があり、中でも霊火堂には1200年間燃え続けているという消えずの火があり、平和記念公園の火もこの火が使われているとのことであった。非常に厳かで、奥には恐ろしい形相の不動明王が安置されていた。

ロープウェーにて

霊火堂

くぐり岩

弥山山頂の巨石群

山頂より

山頂から広島市を望む

大鳥居

この景色、なぜか夢で見た気がする…


獅子岩からの絶景



 下りはロープウェーは使わず、自らの足で下山することにする。今日は時間はたっぷりあるから、思う存分気の済むまで厳島を楽しもうと思っていたので、このハイキングはうってつけである。3つのコースがあるが、私は大聖院コースを選ぶ。

 仁王門下から別れ、下っていくと、小さなが現れた。これぞ白糸川の源流である。下るにつれてだんだん渓流の相になり、見事な白糸の滝が現れた。水は冷たく、顔を洗って頭から水を浴びると、とっても爽快である。そばで見ていた子どもたちが、さっそく真似をしていた。そして懺悔地蔵堂というのがあった。何やら意味ありげな名前である。まあ人間誰もが聖人君子ではないのだから、みんな多少なりとも懺悔しなければならないことを、しでかしてきただろう(笑)。罪滅ぼしを兼ねてお参りする。そして大聖院に到着する。ここは宮島最古の寺院だそうで、厳島神社の別当寺としてその歴史を刻んできたという。そしてやっと下山した。


 ところが下山してビックリしたことが2つあった。まずは厳島神社の景色である。ちょうど満潮を迎え、朝の干潮のときとはがらりと趣を変えている。大鳥居なんて完全に海の中にあるし、社殿自体も海の上に立っている。これこそテレビや写真で見たイメージそのものである。
 そしてもう一つが人の多さ! 何じゃこれは!と言いたくなるぐらい人口密度が高い。社殿の入り口も中も行列ができている。そして土産物屋や食べ物屋が並ぶ通りには、密集という言葉がそのままあてはまるような状況である。弥山山頂付近では、「下山したら名物のあなご飯をいただこう」とか「季節はずれだけど、名産の牡蛎もいいなあ」とか考えていたが、行列を待ってまで食う気はない。

白糸の滝

満潮時の社殿

満潮時の大鳥居



 ふと思ったのだが、この狭い島に敵軍を密集させて一気に殲滅させたのは、あの名将毛利元就であった。そういえば嵐に紛れて宮島の鼓ヶ浦に上陸し、こっそり裏道から博奕尾(ばくちお)を越えて背後から攻撃したらしい。それと宮尾城(要害山)、そして正面の海からは小早川隆景の水軍で、敵を挟み撃ちにして、一気に陶晴賢軍をたたきつぶしたらしい。少々不謹慎だが、いまこの混雑状況に攻め込んだら、全く同じ状況になるだろう。つまりそういう状況に持ち込んだ元就の知略はやはり相当なものなんだろう。勝手に観光客を陶軍に見立てて、好き勝手なことを想像していた。そして宮尾城跡に立ち寄り、帰りはJR汽船に乗り込んだ。



 今夜のお宿は昨日と同じ「道の駅スパ羅漢」である。今日はゆっくり温泉に入れる時間である。しっかりビールもチューハイも買い込んだ。風呂あがりに飲んだらさぞかし美味いだろう。今日は登山もしたし、温泉でゆっくり手足を伸ばし、アルコールが入れば、きっと爆睡コースだろう。寝袋に潜り込んだ途端、思った通り爆睡してしまった・・・。ところが爆音で目が覚めた。けたたましい排気音が響き渡っている。

 いったい何事が起こったのかと外を見てみると、なんと駐車場一杯に走り屋軍団が集合しているのだ。そして爆音を轟かせながら何台もの車
が行ったり来たりしている。まあ見た感じでは正当派の走り屋暴走族ではなかったが、それにしても喧しい。まあかつては自分も2輪で六甲山を走り回ってた時代があったからか、心地よい眠りを妨げられながらも、今もまだこんな事が行われているんだなあと、どことなく懐かしい気分になっていた。
 昼間にシニア世代の非常識をいくつか見た後だけに、若者がまだまだエネルギーを持っている姿を見て、ちょっぴり安心した私は異常だろうか? そのうちみんな帰っていって、静まりかえった夜に戻った。

 ところが明け方には、今度は懐かしい響きの爆音が・・・。明るくなってからのワインディングロードは2輪の出番である。数台のバイクが集合し、行ったり来たりしてテクニックを競っているが、こちらは私にとって非常に馴染みのあるジャンルである。見物しながら、「おいおい、まだまだパワーバンド使ってないぞ」とか、「このコーナーはもっと突っ込んだ方がスムーズに脱出できるぞ」とか、色々思ってしまう。まあ本人さん達は気分はレーサーで、自分が満足できたらそれで十分なのだから、存分に楽しんでください。

 そして出発のとき愛車エブリィで、とりあえずそのコースを流してみた。高速コーナーの連続であまりテクニカルなコースではなかったが、大排気量の2輪や4輪は気持ちよく楽しめるだろう。地元のみなさん、頑張ってくださいね。



 さて今日はどうするか。今日の正午に娘と合流して帰宅することになっている。だから午前中に広島城へ行こうと考えた。夏に吉田郡山城を制覇している。そして厳島を満喫したからには、元就の孫の輝元が築いた広島城にも行ってみたい。宮尾城も行ったことだし、毛利の城巡りもこれで総仕上げになるか。と思って車を走らせると、たまたま「かつら公園」の看板を見つけた。かつら? これはきっと毛利家の重臣桂元澄の居城跡に違いないと思って立ち寄ると、入り口には案の定「桜尾城跡」と書いてあった。厳島合戦のときに元就が仕掛けた謀略の城である。ということで、広島城に行く前に否が応でも気分は高まっていくのであった。

 時間もあったので、広島駅からスマホを頼りに歩いていくことにする。かなり距離はあったが、昨日に引き続いていい運動である。たどり着いた城跡は、天守閣が再現されて、立派なたたずまいを見せていた。原爆で崩壊しなければ国宝クラスだったに違いないとのことである。美しい堀が印象的な城だった。中は鉄筋コンクリートの展示館であったが、結構見応えがあり、かなり熱中してしまい、娘との待ち合わせ時間を多少遅らせることになってしまった。

桜尾城址

広島城天守閣

きれいな堀

天守閣より



 その後一気に中国大返しである。(おまえは秀吉か?笑)・・・のはずであった。というのは想定外の事態が発生したのである。山陽道102キロのポイントでバーストしたのである。最初バンッと音がして、そのあとすぐにガタガタと音を立てて揺れだし、さらには左後ろから何か飛んでいくのがミラーに見えた。

 なんとか真っ直ぐ走らせながらスピードを落とし、路肩に停めた。幸い後ろの車も気がついたのか追突もされず、悲惨な事故になることだけは免れた。だが停めてもまだまだ安全ではない。停車中の車に追突し、事故に結びつくことはよく聞く話だ。すぐに娘を車外に降ろし、ガードレールの外に出てできるだけ離れるように指示した。そして私は警察や保険のロードサービス等に連絡を取った。その後見渡すと、娘はどこまで行ったかわからない。スマホで連絡を取ったところ、娘が高速の脇の雑木の中をうろうろしてたら、たまたまロードサービスでメンテナンスをしていた人が見つけて不審に思い、状況を聞いてくれていたらしい。そしてその人のアドバイスにより、スムーズに対処することができた。

見るも無残・・・・。



 結果、岡山県警やロードサービス、その他多くの人のおかげで、無事タイヤも交換し、まっさらのタイヤで自宅まで帰ることができた。あ〜、疲れた疲れた。最後の最後にとんでもないハプニングがあったが、考えようによっては不幸中の幸いで、厳島神社の神様が守ってくださったのかもしれない。ハプニングを楽しむのも旅かも知れないが、今回はちょっとばかり怖かったなあ。でもまあ、まだまだ楽しむぞ(笑)
                                                 2016.10.13

 



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