盆休み  伊豆・甲州・上州・信州の旅

@ 1・2日目  伊豆編


 


 今年我が家には高3の息子と中3の娘がいる。つまりW受験である。どちらもそれほどできるわけでもなく、たいしたところを狙うわけでもないが、やはり人並みに受験生相応のイライラはあるようだ。そして昔から「夏を制す者は受験を制す」という使い古されたことわざが縛りとなって、どうも今年の夏休みは何かをしようとか、どこかへ遊びに行こうという気にならない。ほんと、うっとうしい夏だ。

 そんな中に、うちにはまだ小学生がいる。これがまた末っ子とあって、なんとも幼いのだ。まるで幼稚園児サルか・・・と思われるほどで、我が家の静寂をかき乱してくれる。当然上の二人はストレスを溜める。
 ということで、今年の盆休みは私とこの子の二人で家を出ることになった。受験生どもの快適な学習環境を確保するためには、これも仕方がない。私は泣く泣く家を空けて受験生に協力することにした・・・・。
 という大義名分のもと、さあ出発! 目指すは東海地方ぶらり旅である。


 12日に墓参りを済ませ、その日の夕方、自宅を出発する。実はまだ第2名神と新東名を走ったことがないのである。今回はこのコースを使って東へと向かう。中国道・名神を順調に走り、滋賀県の草津から第2名神へ進む。途中のサービスエリアで「牛すじまかない丼」なるものを喰う。最近のB級グルメ人気のおかげで、それまで表に出ることがなかった地域食が日の当たる場所に出てくる機会が多くなった。これはとっても嬉しいことだ。ただブームに便乗しただけの、とってつけたような創作料理はいらない。地域に根付いた食が、そのまま出されることを、私は願っている。

 その後、伊勢湾岸自動車道を通り、いざ新東名へ。このあたりは初めてということもあるがどうも標識がわかりにくい。いまどきナビがついてない車に乗っていることがそもそも間違いかもしれないが、私の軽貨物にはそんなものがあるはずもない。途中のナガシマスパーランドの夜景に感動しながらも、ずっと不安を感じつつ、なんとか新東名に乗り込んだ。さすがに時代が違うといった感じの道路である。新規格なのか、すこぶる走りやすい。道自体もトンネルも、そしてパーキングも非常に快適である。今晩のお宿は新東名上のサービスエリアにしよう・・・。ということで、静岡SAを今夜のお宿とする。ただ、暑くてやかましくて、宿としては快適ではなかった。まあ真夏に車中泊をすればこんなものか。エンジンつけっぱなしでエアコンガンガンの車があまりにも多すぎて、ちょっとばかり閉口した。

静岡SAにて



 翌朝、静岡SAをあとにして東名に合流し、富士川SAで休憩する。目的は富士山を見ることと、今をときめく富士宮焼きそばを食べることである。朝から焼きそばはちょっと・・・と思うが、通過してしまえばもう二度と通ることがないかもしれない。なんせ今回はまったくアテのない、宿さえ決めてない旅である。ということで食べてみると、この焼きそばは評判通りのモチモチとした歯ごたえで、この食感が何ともいえない。やっぱり食べて良かった。でも生憎曇り空で、富士山は見えなかった。

 沼津で高速を降り、今回の最初の目的地である伊豆を散策する。伊豆といえば文人墨客が足繁く訪れたところであるが、やはり川端康成と夏目漱石が特に有名だろう。また源頼朝が平治の乱の後に流されたのもこの地である。というあたりから、私のような軽薄観光客には、修善寺天城トンネルははずせない。そして「浄蓮の滝」も。というわけで、このあたりを中心に伊豆半島を散策する。
 

 まずは修善寺。夏目漱石の「修善寺の大患」はあまりに有名だが、人間、生死をさまよったら、さぞかしその前後では価値観が変わってしまうだろう。この温泉で漱石先生は、いったいどんなこと思われたのだろうか。立派なお寺はちょっと変わった様式の屋根で、ずっと見ていても飽きないような、そんな風格をたたえていた。ただ気楽に入れそうな温泉は見あたらなかったので、ここでは入浴をパスする。いかにも立派なお宿があり、ここは泊まりでゆっくり楽しむべきところのようだ。そしてさらに南下すると、「浄蓮の滝」の大きな看板があった。駐車場も土産物屋もあって、一大観光地になっている。やはり石川さゆりの影響は多大である。思わず口ずさみながら車を走らせていると、息子が「演歌はやめてくれぇ〜。」と叫んでいる。日本人の心がわからないハナ垂れ小僧め! これほど女の情念を歌ったものは他にはないだろうに。まあ小学生に理解させるのも無理な話なので、すごすごと引き下がる。

 滝そのものは非常にきれいな、そして迫力のあるものだった。情念の女はこの滝を見て、どんな思いを巡らせたのだろうか。滝の下流では、いかにも平和そうにマス釣りをしていた。そういえばこの伊豆を流れる狩野川は、関東の渓流釣りのメッカである。水はきれいでワサビ田がたくさんあり、きっと大きなアマゴが泳いでいるだろう。アユ釣りも盛んで、あちこちで釣り人を見かけたし、土産物屋では旨そうな塩焼きになったアユが売られていた。残念ながら今回は釣り用具を持ってきてなかったので、ちょっとばかり後悔した。そしてすぐ近くには道の駅「天城越え」があり、ここで川端康成の資料を見る。言わずと知れた「伊豆の踊子」の舞台であり、いよいよ天城峠にさしかかる。「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思うころ、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追ってきた。」折しも雨がしとしと降ってきた。いやぁ〜、ええ感じやねぇ。舗装されていない旧道へと車を走らせる。

修善寺

修善寺温泉

踊り子の像(浄蓮の滝前にて)

これがあの「浄蓮の滝」



 ついにてっぺんの天城トンネルにさしかかる。現存する石造りのトンネルでは最長のものだそうである。一車線の薄暗いトンネルは古ぼけてお化けが出そうではあったが、これこそがあの伊豆の踊り子の舞台になったところである。たしか中学生の頃だったと思うが、友人と映画館で山口百恵の「伊豆の踊子」と由美かおるの「エスパイ」を、両方とも2回ずつぶっ続けで見たことを覚えている。当時百恵ちゃんが脱いだ脱がなかったで大騒動だったのを、ふと思い出した。あ〜、もう40年近く前のことか・・・。

 息子は恐がりのくせに、なぜか歩いてみようと言い出した。不気味ではあるが、あの踊り子が歩いた道だと思うと無性に私も歩いてみたくなった。今年はなぜかトンネルに縁がある・・・。( 参照 http://www.geocities.jp/tr250iwana/turi66.htm ) 中は薄暗いが、なんとなく爽快な気分だ。こんなことをしているのは我ら二人っきりだが、写真を撮ったりヤッホーと叫んだりしているうちに、あっという間に全長約400メートルを歩ききった。少し休憩してから、もう一度トンネルを後戻りする。そして車を止めた場所に帰ってきて、そこにあった休憩所でカップラーメンを作って食べる。さすがは車中泊仕様の軽ワンである。いつでもどこでも昼飯が食えるようになっている。

天城隧道

天城隧道の中で


川端康成と「伊豆の踊子」の碑



 その後、踊り子が歩いたと言われる舗装されてない道(踊り子歩道)を、ガタガタと車を走らせる。しばらくすると旧道は新道へ合流し、快適な道へ変わる。下田へ出る途中、なんともみごとなループがあった(河津七滝ループ橋)。3周以上だろうか、いったいいつまで右カーブなの?・・・と思うぐらい回り続けている。だがそのおかげで、かなりの高低差を解消できたのであった。踊り子のトンネルといい、このループ橋といい、それぞれの時代の最先端の建造物が施された地域であった。下田の手前の河津温泉郷峰温泉に「踊り子温泉会館」という立ち寄り湯があったので入ることにする。大人が1000円でコインロッカーは有料と、少々強気な設定ではあるが、やはり観光地の本場だからこんなものだろうか。昨日の車中泊の疲れを取るべく、思いっきり湯船の中で手足を伸ばす。綺麗なお湯と立派な設備で、のんびり疲れを癒すことができた。そして下田まで足を伸ばし踊り子の足跡追跡の旅を完了したが、このあたりは海水浴客が溢れかえり、かなり渋滞していた。本来なら西伊豆か伊東を巡るつもりだったのだが、今回は海沿いはあきらめて、またまた中央の山越え縦断コースで裾野市を経由して御殿場を目指す。いかにも富士山らしい、いい名前である。そして今夜のお宿「道の駅ふじおやま」に到着した。途中日が暮れて全く地形がわからなくなってしまい、たどり着くのに一苦労であったが、小学生の息子が立派にナビを勤めてくれたので、無事たどり着くことができた。幼稚園児のように思っていた末っ子も、それなりに成長しているのかもしれない。

道の駅 「ふじおやま」 にて

夜明けのひととき  満車状態でした



 「道の駅ふじおやま」には立派な設備と広大な駐車場があるが、大型トラックの休憩所にもなっており、着いたときにはもうすでにたくさんの車が止まっていた。その後も続々と車中泊らしき車が訪れ、あっという間に満車になってしまった。何とも暑苦しく、おまけに一晩中かかっているトラックのエンジン音でたびたび目が覚めた。首の周りにはぐっしょりと汗をかいて、やはりこの時期の車中泊はやめておいた方が賢明かもしれない。寝ては覚め、寝ては覚めを繰り返し、やっと夜明けを迎えたのであった。 

 (A 甲州編へ 続く)

 



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