幼稚園にて





  きょうは息子の幼稚園の生活発表会を見に行ってきた。この幼稚園では、これは卒園前の最大の行事として位置づけられており、先生方の熱の入れようも大変なものである。内容は各クラスのミュージカルやオペレッタ、合奏や歌など、日頃の練習の成果を発揮する場である。

 8時40分に集合し、園長先生の挨拶のあと、園児達の気合いの入った演技が始まった。うちの息子もこの4月から小学生になるのだが、まだまだ頼りなく、今日もしっかりできるのかと、ひやひやしていた。


 というのも、年中さんだった去年、ちょうど成長過程でそんな時期だったのか、異様に恥ずかしがって何一つ参加せず、先生に抱きついてばかりいた。運動会の時もそうだったし、去年のこの生活発表会でも同じであった。そのときは家に帰ってから、思いっきり叱ってしまった。さんざんたたきもした。ほかのみんなができることを、なぜお前はできないのかと、大変情けなかった。考えてみれば、長い人生の中で、多少の遅れや差なんか、微々たるものにしか過ぎないのだが、「這えば立て。立てば歩めの親心」なのか、どうしても周りが気になり、皆より遅れることが許せなくなってしまう。良いところをみつければいいのに、悪いところばかりを叱ってしまう、そんな馬鹿な親であった。おまけにその頃、ちょっとしたストレスがあり、両親そろって、同じようにしかりとばしてしまった。どうしても後味の悪い思い出ばかりが頭によぎる・・・。
 

 

うさぎ組のミュージカル『長靴をはいた猫』



 さて順調にプログラムが進行し、いよいよ息子のクラスのミュージカルの番になった。するとなんと我が息子が前に出てきて、いきなり「プログラム3番、うさぎ組のミュージカル『長靴をはいた猫』です。」と出し物の案内を始めたのである。びっくりするやら、ひやひやするやら、親のほうが緊張しまくっていた。そのうえ、カラバ侯爵の役をやらせてもらい、それも立派に演じていた。

 息子の成長を実感したひとときであった。それと同時に子育てや教育で、『待つ』ということが、どんなに難しく、また大切であるかを考えさせられた。世間では今、子供をめぐっての殺伐とした事件があとを絶たないが、自分も大差ないんじゃないかな、と思うときがある。かっかとして怒ることもよくあり、紙一重の差しか違いがないこともあるかもしれない。あとから冷静になれば、何でその程度のことでそこまでおこらなくても、と思うような内容でも、そのときは自分が抑えきれない。子育ては難しいものである。

 それにひきかえ、幼稚園の先生方はよく指導してくださっていた。あの坊主が、ここまでできるようになったのは、もちろん先生方のおかげであるが、それよりも本当によく見ていてくださるなあ、と思う。我が子ながらこんなことを言うのはなんだけど、あいつはそんなに活発でもなく、協調性があるわけでもない。ましてやリーダーシップや落ち着きがあるとは、全く考えられない。それなのに親も気づかぬ長所を見抜き、それを引き出してくれた。心から感謝しております。



 なんか親バカ丸出しになってきたので、話題を転換して・・・・、この日は火曜日、一般的には父親の参加は少ないだろうから、俺が行ったら目立つだろうなあ、と思ってちょっと気にしていた。というのはうちのヨメはんは、もう腹がぱんぱんで、今日か明日かというぐらいに出産を控えている。だからこの日はもう出産しているかもしれないから、ということで僕の方があらかじめ休暇を取っていた。だが、結果的には出産はまだになったので、夫婦そろって見に行くことになった。

 ところが行ってみてびっくり、父親がいるわいるわ・・・・。少子化のせいか、不景気なせいか、それともみんなの価値観が変わったせいか知らないが、仕事を休んで、幼稚園の発表会に来ている父親のなんて多いことか。


 仕事と私生活を同じぐらいに大切にしている家庭が大変多くなったものである。日本人のものの考え方もやっと先進国になってきたような気がした。実は私は前々からその主義で、仕事のために私生活を犠牲になんて、考えたこともない。一生、出世なんかに縁が無く、ひょうひょうとしたペイペイの人生を送ることになるだろうが、僕はやっぱりそれの方が似合ってるだろうな・・・・。
 

 先ほどの子育てについても言えることだが、価値観が多様化するこの時代の中で、いったい何が一番大切なのかな、と自分自身に問いかけた一日であった。

                                                     (2001年2月27日)

 



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