稚魚放流




 普段は殺生ばかりしている。一匹の魚を釣るために何匹かの虫を生きながらにして串刺しにし、そして運良く釣れた魚はおいしくいただく。つまり私1人のために多くの命が犠牲となり、そしてそのことについてあらためて感謝することもなく、すぐに忘れ去ってしまう。あ〜、なんと罪深いことをしていることか・・・・。


 このたび、ふとしたことから渓流魚の稚魚を放流する機会に恵まれた。そこで日ごろの罪滅ぼしのつもりで、それに参加した。大きくなれよ、釣られるなよ。賢くそしてずるくなれよ。といった願いを込めて・・・・。


 ということで、場所はもちろんその他一切のことは伏せますが、そのときのことを書かせていただきます。


 この日の輸送のために何日か餌断ちをされた稚魚を、そっと川に放す・・・・。普段は釣った魚を掬うためのタモ網をつかって水の中へと放してやる。
 
 初めて見る本物の川にとまどったのか、一匹も出ていこうとしない。まるで網の中で固まってしまったかのように動かない。わずか3センチほどの稚魚は、外へ出ていくのを嫌がるかのような表情をしている。もちろん表情というのは顔の表情ではなく、動きの表情とでもいうべきか・・・。顔なんてあまりにもちっちゃすぎて、よく見えない。それほど小さな魚だった。

 おそるおそる最初の一匹が動き出した。それにつられてまた一匹、二匹と外へ出る。おいおい、そっちは川下だよ。普通渓流魚は上流に向かって泳ぐんだよ。頭を川上に向けようね・・・・。

 やっと出た、というより半ば無理矢理タモ網から出したのだが、仲間同士ぴったりと寄り添うようにして群れている。お〜い、これからは独りで餌をとって生きていくんだよ。君たちは大きくなったら縄張りやメスを巡って戦うんだ。いつまでも甘えてたらあかんよ。・・・・・でもまだまだ甘えたい年頃やろなぁ・・・・

 ちゃんと自分で餌食べられるんかいな? 人間に例えたら、まだ幼稚園児みたいなもんやなあ。明日から毎日餌やりに来よか?

いつまでも放流した稚魚を

眺め続ける・・・・。

雪景色の中で、

普段の罪滅ぼしをする。


 僕らにとって魚は、決して敵ではないが友達でもない。 友達ならそいつを傷つけて命を取り、そして食って・・・なんていうことは絶対にない。ではいったい、ヒトと魚とはどういう関係と言ったらいいのか・・・。

 なんかふだん殺生ばかりしているオッチャンが、なんというか、孫の幼稚園入園を見守るジイチャンのようにしみじみとした感慨に耽っておいででした・・・・。

大きくなれよ。釣られるなよ・・・・。


 外は降りしきる・・・・。でも僕らの心の中の川には、非常に温かいものが流れておりました・・・・。

                                                         (2007.3.8)

 



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