近江の名山 『金勝山』を登る

                                        




 今、白洲次郎・正子がブームである。書店には数々の書籍が並び、テレビや芝居にも取り入れられている。なんと宝塚の歌劇でも、その生涯をテーマにしたものが上演されているとのことである。(私には全く縁のない世界ではあるが・・・・)  

 その白洲正子の著書で、『かくれ里』というのが講談社文芸文庫から出されている。著者自身も書いていたが、秘境と呼ぶほど人里離れた山奥ではなく、ほんのちょっと街道筋からそれた所にあるひっそりとした真空地帯、そういったところを巡る紀行文である。実はその中に、「金勝山をめぐって」というのがあり、それに惹かれて購入し、次々と読みふけっていった・・・・。実は私は金勝小学校の卒業生である・・・


 ところで、さて、いったいこれはなんと読むのだろうか? 正しく読める人は、この地域に何らかの関わりを持つ人以外にはありえない、といっても過言ではない。正解は『こんぜ』である。「いったいどないやってこんぜなんて読めるんや!」とお怒りの方もあるだろう。でもそう読むからしゃあないのである。どうかご勘弁を・・・。ところが金勝小学校は「こんぜしょうがっこう」で村名は「こんぜむら」なのだが、「金勝山」は「こんぜやま」と読むほかに「こんしょうざん」とも読む。そこにある名刹「金勝寺」は「こんしょうじ」と読む方が「こんぜてら」と読むよりも一般的である。


 「くどいなあ! ほんならどっちゃでもええやんか!」と、これまたお叱りを受けそうだが、この地名、あの有名な奈良の東大寺の大仏の創建者である良弁の別名「金粛菩薩(こんしょうぼさつ)」と関わりがあり、金勝寺もその良弁が建立したということで、なにやら密接なつながりがあるようだ。紫香楽宮と平城京、青銅を支配した金勝族とそれを統率したと思われる良弁、そしてその良弁は帰化人らしいが、この金勝寺はかつて狛坂寺と呼ばれていたらしく、国の史跡である「狛坂磨崖仏」が残っている。「狛」というのはもちろん「高麗(こま)」からきている・・・・・。 いやぁ、ロマンを感じますなあ!!  というわけで、今回は滋賀県の湖南地方、金勝アルプスを攻略することにする。


 名神高速を栗東インターまで走り、そこから金勝地区へ向かう。もう30年以上も前に住んでいたところはガラリと変わっていた。なんせその当時、金勝(こんぜ)を訪れた人は、あまりの山奥の僻地に驚いて「もう二度とこんぜ!(来んぜ)」と言ったほどである。それが今や、あちこちが削られて住宅地になっている。小学校周辺もすっかり変わってしまっていた。ただ、昔から好きだった山の姿は、昔と同じままに残っていた。とりわけ私の好きな「クマの山」(私だけの勝手な呼び名である)は、幼い頃に見たままだったのには、正直ホッとした。

クマの山



 登り口の近くに車を停めて登り始める。歩くのに支障があるほどではないが、うっすらと雪が積もっている。何とも風情がある山道だ。いつものように最初はゆっくりとしたペースで歩を進める。徐々に体を温めて、うっすらと汗ばんだ頃からペースをあげていく。誰も先行者はいないようで、真新しい踏み跡を残しながら進む。子供らは雪のぶつけ合いをしながら、キャッキャと大騒ぎである。そのうちなにやら動物の足跡を見つけると、もう喜んで喜んで・・・。おそらくキツネか何かだと思うが、最近の子供にとっては非常に鮮烈な体験だったようである。また、氷柱を見つけては、これまた大喜びである。 そういえば氷柱なんて長い間見てないし、おそらく手にしたのは初めてだったのかもしれない。そうこうしているうちに、今回の一番のビューポイント「天狗岩」に到着する。標高としてはそうたいしたことはないのだが、あちこちに奇岩が連続するので、非常に変わった風景である。ふと見ると、天狗岩のてっぺんの大岩に人が登っている。あな、おそろしや・・・・。もし滑落すれば、痛いじゃ済まないだろうなあ。子供らはそこに登りたがっていたが、まだまだ幼稚園児みたいな末っ子を連れているので、その手前で止めておいた。上の二人は不満そうだったが、「僕だけ行けないよぅ〜!」と言ってワーンと泣き出す末っ子のてまえ、しぶしぶ我慢をしている。 う〜む、たくさん兄弟がいると、その中だけでも社会勉強ができるんやなあ。それにしても末っ子は甘えたである。


 天狗岩からの景色は絶景で、下界には近江米の産地がひろがり、ところどころ島影のような山々が浮かんでいる。姿のいいのは近江富士と呼ばれる三上山だ。そして彼方には琵琶湖の穏やかな湖面が広がり、その向こうには雪化粧をした比良や比叡の山並みがそびえている・・・・。やっぱり僕の故郷はすばらしい。30年ぶりに見る近江は絶景であった・・・・。


 天狗岩からさらに耳岩を目指す。徐々に勾配ををあげながら登っていくが、ふと振り返ると、先ほどの天狗岩がよく見える。風化した花崗岩があちこちに屹立している姿は、ただの低山とは思えなかった。かつてここら一帯を支配した、鷲をシンボルとする集団が、今でもふとその岩陰から現れそうな、そんな気がした。


 そしてその耳岩に到着した。たしかに巨大な岩石群だが、どうも私には耳の形には見えない。まあ天狗岩にしても、見る人が見たら天狗かもしれないが、そう見えない人にとっては、なんであれが天狗やねん?ということになるだろうが・・・。ともかくその耳岩には大きな亀裂があり、子供達はその中を登っていった。すると突然、反対側の岩のてっぺんから姿をあらわした。まあ言ってみれば、耳の穴から出てきた物体、つまり耳クソのようなものかもしれない(笑)。 それを聞いた子供達は非常に憤慨していたが・・・・。

雪と霜柱を踏みしめて・・・・。

天狗岩

天狗岩

耳岩の耳クソ達・・・・。


 そこからしばらく進むとおおきな分かれ道にたどり着いた。ここで狛坂磨崖仏方面と竜王山方面に別れるが、まずは磨崖仏を見てから竜王山に行く予定である。この分岐点から下りとなる。途中に重岩国見岩といった、これまた名所が連続していた。いったい自然の中でどのようなできごとがおこったら、このような造形が生み出されるのかなあ、と感心してしまう。


 坂道を下り、少々開けたところに出ると、そこにありました、狛坂磨崖仏! 学術的なことは知らないが、奈良時代に作られて、日本を代表する磨崖仏であるらしい。なんともいえない穏やか顔つきで、ずっと見ていても飽きることはない。私の下手な文章でイメージダウンしては申し訳ないので詳細は語らないが、どうか画像をじっくりとご覧くださいませ・・・・。近くには苔むした石垣があり、ここにかつて狛坂寺という大伽藍があったことをしのばせる・・・・。 

重岩

狛坂磨崖仏


 その後、先ほどの国見岩の展望台まで戻り、昼食とする。昼食は私の得意中の得意、カップラーメンである。(なんじゃ、そりゃ?という声がしそう・・・。) それと子供らが作ったおにぎりである。 この日は雪や霜柱が日中になってもそのまま残っているほど冷え込んでいる。だからこそ、こんな日はカップラーメンが最高である。すぐに作れてあったかい汁がある・・・。これに勝る物はない(ほんまかいな?)


 そのまま今度は竜王山に向かう。途中に茶沸観音という石仏があった。だが途中の案内板には「湯沸観音」とあった・・・・。まあどっちにしても変な名前である。そして尾根づたいの道を登っていくと、八代竜王のお社に着きここが竜王山の山頂であった・・・・。 そこでしばらく休憩をしたが突然子供のわ〜!という声が! そこに駆け寄ると、なんと竜王山の山頂はそこから少し上がったところにあり、そこからの景色は、もうまさに絶景としか言いようがなかった。子供はその開けた景観に、思わず絶叫したようである。先ほどの天狗岩から望んだ景色を、さらにダイナミックにしたような絶景が眼下に広がっていた・・・・。

国見岩の展望台にて昼食

金勝寺八大竜王本殿


 そこから少し歩くと舗装された開けたところに出た。そこには馬頭観音堂があった。このあたりは私の小学生時代にはまったくなかったところで、この走井林道というのが金勝寺と下界の集落とを結んでいた。ということは、この道を下れば車を停めた場所に着くはずである。舗装された綺麗な林道を、お菓子を食べたり歌を歌ったりしながら、家族5人は車まで歩いた。途中には湧き水があり、空いたペットボトルに汲んで持って帰った。ちなみにそれでコーヒーを入れると、とっても柔らかくまろやかな味がした。


 車に戻ってから、せっかくだから金勝寺までいく。先ほど歩いた道を戻るわけだが、結構な距離を歩いたものである。そして金勝寺を参拝する。実はこの寺自体は小学生から中学生にかけて、「遠足といえば金勝寺」というほど何度も登ったことがある。また例年1月に「耐寒アベックマラソン」なるものが催されており、小学生の頃はよく参加したものだ。だから目新しいものは何も無いものの、何も変わらずに残っていてくれていることが、非常に嬉しかった。やっぱり故郷というものは、変わらないでそのままの姿で残っていて欲しいと思うのは贅沢かな


 ところがその懐かしい山門を通りすぎた途端、ふと気づいたのだが、なんと正面の本殿の扉が開いているではないか! おまけに右側の建物も! 今までその中の仏さんをのぞき見をしたことはあったが、薄暗い中に大仏さんらしきものがあることを知っていただけで、実際に見たことは一度もない。今日は成人の日だからか、特別に開放されてあるようだ! 思わず右の建物(二月堂)の中に入ったが、中には巨大な仏さんが、もの凄くいかめしい顔で立っておられた。名を「軍荼利(ぐんだり)明王立像」といわれるそうである。本殿には立派な阿弥陀さんが座っておられた。思えばおよそ40年前からのぞき見していたのは、このお姿だったのである。国の重要文化財らしいが、まあ40年ものあいだ憧れ続けたことと、この偶然の出会いに免じてもらって(勝手なこじつけだが・・・)、写真をバチバチ撮らせて頂いた。どうか「バチ」だけはあてないでくださいね!


 そしてその本堂の中には、お守りお札が並べてあり、お金はそこに置いてくださいとのことだったが、なんとお守りが一つ200円・・・。京都や奈良の厚かましい社寺に慣れてしまった僕らにとって、宗教本来のありがたさを感じさせていただいた気がした・・・。1000円で家族5人分の開運お守りをいただく。
  

竜王山山頂より

金勝寺参道

軍荼利明王立像

阿弥陀如来像


 心地よい筋肉の疲れと清々しい心・・・・。また心が弱ったときには、ここに来よう。 いつまでも変わらないでね・・・・・。

                                                                                                                        (2008.1.14 成人の日)

 



戻 る

 

トップに戻る


釣れても
釣れなくても

ツーリングクラブ
【男神】

酒 と 肴

  自転車に乗って

おっちゃんの独り言