ETC高速1000円の恩恵

山陰の温泉巡り
(船岡温泉・温泉津温泉へ)



 好き嫌いはともかく、麻生内閣による「高速道路上限1000円」なる政策は、旅大好き人間の私にとっては最高の政策である。青森や鹿児島まで行っても1000円とは、想像しただけでも限りなく夢が広がってくる。「なんでETCだけ?」とか「なんで休日の普通車だけ?」といった本来の経済政策からすれば、疑問点・問題点はたくさんあるだろうが、私のような庶民には関係ない。給付金をたくさんくれて高速1000円なら、それに飛びつかないはずはない。もちろん完全無料にするなら、民主党を応援するが・・・。 まあ節操無しではあるが、庶民というのはそんなレベルだろう。というわけでその恩恵にあずかろうと考えた。


 愛車プレオで、小学2年生の次男を連れて温泉巡りの旅に出る。オッサン道楽第2弾である。(第1弾は前回の湯原温泉の旅) まずは鳥取県船岡町の「船岡美人湯」をめざす。さきごろ鳥取自動車道が河原町まで延伸されたばかりなので、それをたしかめる目的もあった。


 岡山県の粟倉から無料で走れる自動車道は徐々に整備され、今年の3月の時点では智頭町から河原町の区間が供用され、かなり時間的には短縮された。ただ、全く楽しくない道である。旅情を感じるどころか、季節も天気も 感じられない殺風景な道路である。というのは、その区間のおよそ9割がトンネルなのだ。完全なコンクリートの通路である。「」がコンクリの3面張りになって「用水路」と化したように、「」は「通路」になってしまった・・・。「僕の前に道はない 僕の後に道はできる(高村光太郎)」の「道」が「通路」になったら、なんの感動もなくなってしまう・・・・。


 途中、用瀬のPAがあったが、これまた殺風景で、トイレしかない。まあトンネルから抜けて景色を眺めたらそれだけでも爽快にはなるが、文字通り用を足すためだけの設備であった。


 道の駅河原で終点をむかえ、船岡美人湯をめざす。目指す温泉はすぐに見つかったが、ぱっと見はお世辞にも立派な建物とは言い難い。中もガラガラで、おばちゃんが一人ぽつんと受付にいただけである。500円を払って湯に浸かる。だが浸かった瞬間に感じたのだが、お湯は最高であった。山陰地方には珍しい泉質らしいが、ぬるぬるすべすべといった感じで、龍神温泉やシルク温泉と同様の肌触りである。さすがに美人湯と謳うだけある。ほぼ貸し切り状態で、息子と2人でじっくりと温泉を楽しんだ。身も心もピカピカになった気分である。


 出てから鳥取市内を散策し、市内の桜を楽しんだが、いつまでたっても体がポカポカしている。こりゃ、かなりの効能もありそうだ。設備はともかく、湯はかなりのオススメである。

用瀬PA

船岡美人湯


 鳥取で一泊し、翌日は島根の温泉津(ゆのつ)温泉で泊まる予定にしている。9号線をひたすら西へ進むが、山陰道が部分的に一般供用されており、有料区間や無料区間、あるいは一般道が入り交じるが、やはりETCは便利やね。バイクで各地を彷徨っていた頃、料金所での邪魔臭さは骨身にしみるほど味わっているので、やはりこれは画期的なシステムである。途中で「大山恵みの里」という道の駅に立ち寄ったが、なんとたまたまオープンの日で、それもテープカットのセレモニーの10分前だった。「ひょっとしたら記念品でも?」という欲張りな下心で見物したが、残念ながら記念品は振る舞われなかった・・・。まあ記念すべき祝いの日に出くわしたのだから、何かいいことがあるだろう。

新しい道の駅

テープカット


 そして島根県の広瀬町の月山富田城に立ち寄る。何年か前にNHKの大河ドラマで「毛利元就」をやっていたがその毛利の宿敵尼子氏がここを拠点に、山陰山陽11ヶ国に覇を唱えたその本拠地である。尼子経久のときに全盛期を迎えたが、その曾孫の代に毛利氏に滅ぼされ、城自体も後に堀尾氏が松江城にうつってから廃城となってしまう。兵どもの夢のあとである・・・。そこを本丸まで登ることにした。


 道の駅で車を停めて、地図をもらう。絣や藍染めが実演されており、しっとりとしたいい道の駅だ。そのすぐ近くの「御子守口」から城跡へと向かう。この城は中世の山城で、登り口はわずか3ヶ所しかなく、あとは崖ばかりの天然の要害をなしていた。あの毛利元就をして三面から総攻撃を加えても落ちなかった名城である。まずは太鼓壇に行く。そこには孤忠を貫き通した山中鹿之助の銅像が、誇らしげに建っていた。願わくは我に七難八苦を与へ給へ・・・・。


 花の壇、慰霊碑をぬけると山中御殿についた。ここが城の中枢の部分であるようだ。今は何も残っていないが巨大な石垣や礎石が当時を偲ばせる・・・・。


 さてここからが今回の難所七曲がりである。ここを通過して、やっと三の丸、二の丸、そして本丸へたどり着くのだ。最近暴風雨があったそのせいか、巨大な木が根こそぎ倒れていたり、竹が大量に折れていたりしたが、それを乗り越え、石畳を歩く。おそらくこれは昔のままの姿で、往時はここを甲冑を身にまとった侍達が行き来したのであろう。息子とゼーゼーいいながら、ボチボチと登る。そしてついに本丸に着いた。ここからの景色は抜群で、遠く中海から城の下を流れる飯梨川、そして戦国時代に大内勢が五万の大群で押し寄せてきて陣取ったという京羅木山などが一望の下に見渡せる。そして山頂には山中鹿之助の碑と大国主命を祀る社があった。

月山富田城

山中鹿之助像

願わくは・・・・

山中御殿

七曲がり

山中鹿之助の碑

大手門跡

京羅木山


 その後、温泉津温泉をめざして、さらに西へと車を走らせる。途中、回転寿司で昼食をとったが、ここではじめてハタハタのにぎり寿司を食べた。たかが回転寿司とはいえ、やはり地方色の濃い食材に巡り会えたのは、とても嬉しい。


 温泉津について、温泉街へと車を走らせる。 なんというか、昭和にタイムスリップしたかのような通りである。かつては石見銀山とともに、その玄関口としての港、そして温泉街として栄えたそうだが、今はもう完全に昔の姿をそのまま残す、風情のある町並みだ。ここには2ヶ所共同湯があるが、今日のお宿はそのうちの一つ『元湯』を経営している「長命館」である。木造3階建ての古い古い建物で、情緒満点である。圧巻は吹き抜けになっている回り階段で、なかなかこんなものはお目にかかれない。古いながら綺麗に磨き込まれてあった。


 さっそく元湯「泉薬湯」に行く。番台のおばあちゃんに挨拶して中にはいると、昔ながらの脱衣所だ。側には地元の人の入浴用品がたくさん並べられてある。 引き戸を開けて中にはいると、中には地元のおじいちゃんが数人お互い背中を流しあいっこをしながら世間話をしている。軽く挨拶して湯船に足を入れたところ、なんとそれだけでジンジンと体に成分が染み込んでくる。ちょっと熱めなこともあるが、もちろんそれだけではない。このビンビン感じる衝撃に、湯自体が持っているパワーを感じる。この湯は生きていた。小学校の2年も息子が、「ここは電気風呂か?」と言ったのが印象的で、それほど強烈な湯であった。また湯船も床も長年の間に成分が付着し、まるで鍾乳洞を思わせるかのようであった。ちょっとたとえは汚いが、「千と千尋の神隠し」のなかでオクサレ様が入浴するシーンがあるが、湯船からドクドクと溢れるヘドロ・・・。ちょうどそんな感じだった。湯は緑がかった濁り湯で沈殿物が付着した湯船からあふれ出す掛け流しの湯は、まさにそれそのものだった。もちろん気分はそのオクサレさまと同様「良きかな〜」だったが・・・・。

温泉津温泉街

元湯

薬師湯

元湯(部屋より)

吹き抜け階段

温泉津港


 夕食は5時半からと決まっている。なんとも早い夕食だ。普段ならまだ勤務時間だ。昔ながらの湯治のスタイルをかたくなに守っているらしい。すばらしい信念である。いつまでもこうであってほしい。アジの塩焼きと新鮮な刺身、蕎麦と陶板焼きなどが並び、ビールがうまい。 夕食後はもう一つの共同湯『薬師湯』にいく。ここも泉質は元湯とよく似ているが、若干ぬるめである。といっても比較してというだけで、十分熱い。ここも床までビッシリと茶色の鍾乳洞になっていた。なんでもオール5にランクされている数少ない温泉だそうである。浜田地震のときに湧きだしたらしく「震湯」とも呼ばれており、ナマズの口からこんこんと湯が注がれていた。 ここは元々湯治場である。 というわけで、今日は健康的に早寝をすることにした・・・・・。


 翌朝5時前には、もうすでに地元の人々が車でやってくる。もちろん朝風呂にである。観光客である我らも負けじと、息子をたたき起こして元湯に入る。中はもうすでに地元民が楽しそうに湯に浸かっている。そのうちの一人のおじいちゃんが腹筋をやり始めた。年の数だけするんや、ということだが、なんと70回を越していた。昔ならともかく、今の私はおそらく70回の腹筋はできないだろう。そのあと、そのおじいちゃんは亀の子タワシで体をゴシゴシ洗い始めた! お腹も背中も顔も頭も・・・・。息子が思わず「あれで毛が抜けたんや!」と言ったので、思わず吹き出しながらもヒヤヒヤした。たしかにきれいなハゲ頭だった・・・・。

昔ながらの脱衣所

元湯(熱い・ぬるい・すわり湯)

薬師湯

鍾乳洞のような浴槽

オクサレ様・・・・「良きかな〜〜〜



 温泉津をあとにし、浜田にあるアクアスへ行く。ここは中国地方では最大級の水族館で、シロイルカが口から吐き出す泡のリングのショーが有名で、携帯のコマーシャルにもなったそうである。


 ここはものすごい人だかりで、1回目は立ち見になったのでほとんど見えず、1時間半待って、2回目でやっと見ることができた。巨大な3頭のシロイルカが愛嬌のある可愛い顔で口をとんがらせ、フッと吐き出す輪は本当に見る者をなごませる。幸せの輪とはよく名付けたものだ。もちろんほかにもいろいろな魚類が飼育されており、旭山動物園ばりの空を飛ぶペンギンも見られた。

サメ

空飛ぶペンギン

幸せのバブルリング


 さていよいよ帰路である。今回の旅は、この帰路こそが最大の目的である。ETC1000円の感動を味わうために、わざわざこのコースを選んだのだ。浜田自動車道の起点から中国自動車道に合流し、もよりのインターまでおよそ370キロ。これをわずか1000円で走ろうというのだ。それもわざわざ軽自動車で・・・。「さあ行くで〜!」と自分自身に気合いを入れて走り出す。浜田道は快適な道ではあるが山・山・山・・・。よくこんなところに高速道路をつくったもんだ。中国地方の一番奥深いところを通るんだからそりゃもっともだけど、ヒバゴンシシ神様がでてきそうな雰囲気やね。息子はぐっすり寝入ってしまった。その後頻繁にパーキングエリアで休息しながら、ついに吉川インターに着き、ETCのゲートをくぐる。ジャ〜〜ン!1000円! やっぱり感動したね。せこくはあるが、オッチャン道楽旅は無事終了したのであった・・・・・。

                                                       (2009.4/3〜4/5)



 

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