平等院鳳凰堂 と 桜



 今年の冬はいつもより長く、そして厳しく感じた。そのせいか、の到来をより心待ちにしたような気がする。最近は花粉症のせいで、春を嫌な季節ととらえる人も多いらしいが、やはり依然として日本人は春を、というか「桜」を待ち望む国民性は変わらない。まだかまだかと待ち望んでいるうちに、4月8日になってしまった。今年はこの日は日曜日で、子供たちにとっては春休み最後の日である。どこか連れて行けとうるさい小学生を納得させるために、日本古来の風習を文化と歴史に触れさせるため(ほんまかいな、そんな深い考えがあってのことではない)、京都の宇治へ出かけた。


 宇治といえば平等院である。実は私は旅を趣味としながらも、この有名な場所には、まだかつて一度も行ったことがないのである。厳密には幼少期に連れて行ってもらったらしいが、私の記憶にはかけらも残っていない。だからこそ余計に生きたい気持ちが募っていたのであった。


 行きは順調に中国道と名神を乗り継いで、すぐ近くまではたどり着いた。だがここからが大変だった。車と人があふれ返っており、なかなか車が停められないのである。もうイライラしてしまった。そういえば私は基本的に人間嫌いであり、人混みは一番苦手だ。だからどうしても釣りは人跡未踏の源流へ足を向けるし、バイクで行くのは信号のない道ばかりである。そんな私が人がウジャウジャ溢れ返っているこんな日のこんな場所へ来るのは、完全な場違いである。だがここまで来たからには、もう引き返せない。なかば違法ではあるが車を停める場所を確保し、ウジャウジャの中へ突入する。でも平等院は比較的まだマシだったので、入場料を払い中へ入るが、鳳凰堂の中へ入るには、さらに別料金を払ってチケットを買わねばならなかった。ところがなんと、これが1時間20分待ちだった・・・。


 折角来たのだから、時間待ちを覚悟でチケットを購入した。その間、存分に平等院及びその資料館を見て回る。子供は十円玉と見比べて、「わ〜本物だ!」と感激していた。そして一万円札に描かれている鳳凰が、この屋根の上の鳳凰だと知って、これまた目をパチクリさせていた。藤原頼通がこの世に浄土を出現させたというだけあって、ものすごく気のいいところである。こんなところでのんびり暮らしてたら、それこそ極楽だろうなあと思う。桜もきれいに咲いていて、ほんといいところへ来たもんだ。資料館も見ごたえのあるもので、あっという間に時間が過ぎ去っていた。(撮影禁止のため紹介できず。残念・・・。)

平等院鳳凰堂

10円玉とホンモノ

鳳凰のアップ

池に映る鳳凰堂

桜に映える鳳凰

いい季節・・・



 そしていよいよ中に入る時間が来た。50人ずつ案内されるのだが、中は「これを厳かと言わずして、いったい何を厳かというのか」と言いたくなるほど、他とは流れる空気が違っていた。これまた撮影厳禁なので、見たい人は自分で行ってくださいませ。

 そして拝観を終えて外に出ると、参道には人があふれ返っている。来た時よりもさらにその度合いを深めている。いったい何があるんだろうと思っていると、宇治川に橋がかかっており、そこへ多くの人が向かっている。いったい何があるんだろうと近づいてみると、なんとそこは桜が満開に咲き乱れているではないか。そして屋台もたくさん出ており、なんと宇治川には屋形船までもが浮かんでいて、完全な花見の様相である。というか、そこで初めて自分の無知を知ったのであるが、ここは京都でも有数の桜の名所だったのだ。私自身はあとでネットで知ったのだが、ここまでご覧になった方は、「馬鹿者よ。当たり前のことを今更なに言うとんねん。」とお怒りになるかもしれ
ないが、まあお許しを。誰でも最初は初めてなのだから。ということで、急きょ花見用の弁当を買ってきて、花見気分に浸る。いやぁ、老いも
若きも男も女も、皆さんお元気ですなあ。よっぽど皆さん、春を待ち焦がれていたんでしょうね。う〜ん、春だねぇ。

宇治橋にて

宇治川と屋形船

河原での弁当



 人嫌いの私であるが、やはり日本人だったんですね。深くDNAに刻まれた記憶は、決して消えることはないようであった。

                                                                 (2012.4.9)



 

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