同 窓 会 
に て
(満40歳記念)


 8月11日に同窓会があった。というのも小学校や中学校といった学校単位のものではなく、私が小学生時代を過ごした地域(いわゆる【あざ】)の同窓会が行われた。男7人女4人の、小学校時代を一緒の子供会で過ごした連中である。この11人が誰も欠けることなく40歳を迎えられたということで、みんなで自分達の40歳の誕生を祝おうと幹事が言っていたが、まさにそのような感慨を持った。 私は小学校の6年生でその地を引っ越しているので、およそ30年ぶり、という者も多い。みんなそれぞれ、どのようなおっちゃんになっているのか、とても楽しみであった。


 ところで、地域の子供会? と思われた方も多いとは思うが、ちょっとここでこの特殊な、他とは違うつながりの子供会のことを話させていただく。


 まず、この地域にある寺について。別に国宝級の何かがあるといった有名な寺ではなく、地域に密着した普通の寺である。だが、そこの和尚さんがすばらしい人だった。小学生の僕らには、とっても大きな人と思っていたが、そのころはまだ20代だったらしい。村の小学生すべてを集め、日曜日には必ず朝のお参りをさせて、そのあとは子供向けのマスゲームをして、午前中をその寺で過ごさせてくれた。 もちろん小学生の僕たちが、そのことを深く考えていたわけではない。なんせ最初からそうなのだから、それがあたりまえだと思っていた。低学年の頃は正座が辛く、まったくわけのわからないお経を(今もわからないが)むにゃむにゃ唱えるのが辛かったが、日曜日とはそういうものだと思っていた。そして縦割りの班で構成され、6年生が班長で、そしてそれぞれに動物名の班名がつけられていた。ちなみに私は『ヒョウ班』であったが・・・。それが全部で11班あった。

 その後成長すると5年生からボーイスカウトに入隊させられる。『させられる』と書いたが、その仏教系子供会の延長がボーイスカウトになっていた。だから必ず入るのが当たり前なのであった。そうすると中学3年生までそれは続く。つまり小中一貫教育のようなものであった。
 実はそれにとどまらず、高校生からはボランティアクラブというのが用意されている。今度は子供達に世話をする側にまわることになる・・・・。結局は小中高一貫教育だったわけである。


 その活動がまた華やかだった。4月8日のお釈迦様の誕生日は『花祭り』と呼ばれ、盛大な行事が行われた。 釈迦はインドの王族の皇子として誕生するが、その際、母親のマーヤ夫人は白い象の夢を見られたらしい。そして釈迦は誕生するとすぐに7歩歩き、右手で天を指し左手で地を示し、『天上天下唯我独尊』とおっしゃったそうである。それにちなみ、この日には張りぼての白い象を引き、村中を巡るのである。そして小学校低学年がピアニカを弾き、高学年からのボーイスカウトが太鼓・トランペットの鼓笛隊を結成し、パレードを行う。そして生誕行事がはなやかに行われたのである。僕らはそのあとに振る舞われるカレーが楽しみだったのだが・・・。
 そしてその鼓笛隊はあちこちに遠征し、本願寺でパレードをしたこともあるし、仏教スポーツ大会で活躍したこともあった。

 そういった中でつながった友人は、学校という枠以上に強固なつながりを持つようになった。そのうえ縦割りのシステムのおかげで、知らず知らずに礼儀と思いやりを持つようになった。 そんな仲間達が40歳になって集ったわけである。



                 


 昔と全然変わらない者、体型も頭髪もがらっと変わってしまった者、名前を言われても面影すら残ってない者など、それぞれがやはりそれぞれの人生を歩んできていた。もう高校3年生の子供をもつものもおれば、私のように5ヶ月の赤ちゃんをかかえた者もいる。ある者に『お前老けたなあ。歳なんぼになってん?』と聞かれた。同窓会で年齢尋ねるなよな・・・・。お前と一緒に決まってるやろ。 来年の再開を約して、夜中に別れた。



 翌日、そのうちの一人が村を出て久しい私を、あちこちと連れて行ってくれた。小学校の時に遠足で登った山には、バンガロー村が生まれていた。昔ボーイスカウトで使ったキャンプ場は、跡形もなく消え去っていた。魚を捕った川はコンクリートで囲われて、生き物はいなかった。 諸行無常・・・・・。

 そんななかで、最後に連れて行ってくれたのが、例のお寺である。 この日は盆の真っ最中で、寺には誰もおられなかったけれど、あいていたので本堂にあがってみた。
 きれいにピカピカにされていたけれども、まぎれもないあのお寺であった。足のしびれを気にしながらも、じっとお経を読んだり法話を聞かされたりしていた場所そのままである。思わず熱いものがこみ上げてきた。

 そのときふと、その住職さんがかつてこんな話をされたことを思い出した。『この日曜学校はずっと続けていきたい。そして君たちの子供や孫達が来るようになった時に、ふとこの寺に帰ってきたとき、お寺は昔と同じようにそこにあり、そこには同じように私がいる。そういうものにしたい。』

 その当時は何のことかさっぱりわからなかったが、今の私がもろにその通りになってしまった。人間誰もが毎日の暮らしをしていくことで精一杯である。昔を振り返ってしみじみと思い出すような悠長なことはしている暇がない。毎日子供と戦争のような日々を過ごし、ローンに追われて頭を悩まし、嫁さんには叱られ、そして何とか次の日を迎えている。だからこそ少しぐらい立ち止まってほっとするひとときが欲しいときがある。また、長い人生のなかでは、特にそれが必要な時期もあるだろう。

 バイクで帰途についているとき、我ながら心が洗われたような気がして、本当にすがすがしい気持ちになっていた。途中、私には珍しいことだが、家で待っている家族に土産を買ってしまった・・・・・。
                                                         (2001/8/11)



 


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