世界遺産 と 食

紀伊半島 蘇りの旅



 が来た。もちろん季節のことではあるが、それだけではなくW受験を堪え忍んできた我が家にも、やっと春が来たのである。思えばそれは気の遠くなるような長い長い日々であった・・・。なんとか娘は女子大生になることができ、息子も第一志望の高校に合格し、そして大学生の長男は無事運転免許を取得することができた。まあ受験が終わったということは早速もう次のスタートが切って落とされたということでもあるが、とりあえずほっと一息、久々に家族全員で2泊3日の旅に出ることにする。


 行く先についてはすったもんだの家族会議の結果、紀伊半島蘇りコースに決定した。「海外旅行!」「九州!」「ディズニー!」・・・等、いろいろ意見が飛び交うが、日程や金銭的な都合上、龍神温泉と二見浦で泊まる世界遺産巡りコースに決めた。これに対しては娘と次男が文句タラタラであったが、限られた期間の中で今頃になって宿がとれるはずもないし、事実日本三美人湯で名高い龍神温泉はどこを調べても空室はなかった。たまたま仕事の合間にダメ元で龍神温泉「季楽里」に電話を入れたら、なんと一室だけ今空いたとのことで、すかさずその場で確保したからよかったものの、そうでなければこのコースさえ不可能であった。結果、この龍神温泉を基準にコースを考えたのだが、今をときめく「真田丸」の本拠地「九度山」と開山1201年目を迎える世界遺産の高野山、そして熊野本宮・新宮・那智大社というそうそうたる世界遺産の熊野三山、そして伊勢神宮という、結果的には私の大好きなコースを家族みんなに案内するということになった。「高野山の奥の院は数え切れないほどがある」とか「熊野古道はどこも坂道ばかり。延々と歩くんやで」という私の説明に対して家族のブーイングは益々高まってゆく。「何を好きこのんで墓場巡りをするんや!」「なんで受験で運動不足やのに歩かせるんや!」と皆の不平不満は尽きることがない。だがなんとかその声を、「美人湯につかれば絶世の美女になること間違いなし」とか「伊勢エビや松阪牛が食べられるんやで〜」という誘い文句でなんとか誤魔化す。


 まずは中国道、近畿自動車道を乗り継ぎ、九度山を目指す。大河ドラマでは久々の高視聴率を誇る「真田丸」の真田幸村が雌伏の歳月を過ごし、天下の動静を睨み続けていた地である。ここには「九度山真田ミュージアム」なるものがオープンしており、じっくりと学習する。子供たちは最初ネタバレになると言っていたが、そのうちだんだんと見入ってしまい、かなり興味を持ったようであった。その後高野山に向かう。

真田ミュージアムにて

真田庵



 高野山は昨年開山1200年をむかえ盛大な催しごとが行われていたが、昨年は行く機会に恵まれず1201年目に訪れることになった。それでも参拝客は多く、外国人観光客も多数見られた。ここは何度か訪れてはいるが、雪の多い時であったり駐車場が満車状態であったりで、なかなかゆっくり見て回ったことはなかったが、今回はじっくり見ることが出来た。金堂や門、塔など、それぞれの趣があり、歴史が感じられる。さすが世界遺産だけあるなあと、しばし佇む。その後、奥の院に移動する。ここはパワースポットして有名だが、どう考えても心霊スポットである。なんせ存在するのは墓だけなのだから。それも名だたる企業の物故者の墓や、歴史に名を残す人々があちこちに祀られている。最大の墓は徳川二代将軍秀忠の妻お江のものであるが、織田信長や秀吉、武田信玄など、敵や味方にわかれて命のやり取りをした者たちや、それぞれの時代の支配者が一同に眠っているのである。地上では争っていた者たちも、あの世では仲良く一緒に眠っているのである。なにか不思議な気がするとともに、これが仏教の真髄なのかもしれないなあと思った。極楽浄土では、恨みも争いもすべて消え去るのかもしれない。

高野山の塔

これも高野山の塔

高野山金剛峰寺

こうやくんと一緒に


金剛峯寺

大門


奥の院にて




 さてここから高野龍神スカイラインを経由し龍神温泉元湯へ行く。途中で子供の鹿を見かけた。また護摩壇山のタワーはまだ春先だからか、営業していなかった。元湯はやはり美人の湯、肌触りはすべすべとしていたが、気のせいかいくぶん昔よりパワーが衰えたような気がした。まあおそらくこれは、その時々の人間側に原因することだろう。宿でご馳走を食べた後もじっくりと温泉に浸かり、穏やかな眠りにつく。




 さて二日目。私はいつものことだが、旅先では早起きである。普段はともかく、せっかく旅先にいるのにゆっくり寝ていたら時間がもったいない。特に温泉に来たなら、朝のひとっ風呂は絶対にはずすことはできない。ということで夜明けからごそごそしていると、普段は蹴っ飛ばしても起きてこない娘がモゾモゾしだした。そして朝から温泉に入ると言う。続いて嫁さんもゴソゴソ起き出した。実際の効能はよくわからないが、やはり美人になるというウワサは、美人でない人間達にはとっても魅惑的な響きがするのだろう。二人仲良く女湯へと向かっていった。


 さて今日はかなりの距離を走る予定である。整備された道を快適にとばす。途中ふと気づいたのだが、あちこちに吊り橋がある。これらは観光用ではなく、れっきとした生活道路なのである。せっかくだからと思ってちょっと立ち寄ってみた。定員は1人と書いてあったので、一人ずつ慎重にわたる。さてただの吊り橋だが、そこにはそれぞれの性格が見事に表れることになった。普段なんにも深く考えずに行動する下の子はこのときも何も考えていないのか、平気で渡っていく。ところが柔道の有段者である長男は、恥ずかしながら見事に腰が引けてしまって、表情がこわばっている。途中で吊橋を揺すってやったら思いっきり怒っていた。ひょっとしたら少しばかりチビっていたかも知れない(笑)。娘は自分の体重を気にすることもなく平気で渡っていき、途中で自らの影がはるか下界の地上に映っているのに気づき、写真に収めていた。結構肝は太いようだ。同じ親から生まれた子どもたちであるはずだが、やはりそれぞれ違う。不思議なものである。そして本宮跡の大斎原(おおゆのはら)に到着する。かつては此処に熊野本宮が鎮座されていたが、明治の大水害で流出し、いくらか残ったものだけを現在の場所に移し、ここは嘗ての聖地跡としてひっそりと鎮まっていた。だが此処には日本一といわれる大鳥居があって、そばで見ているだけで圧倒された。

日本一の大鳥居 大斎腹にて

生活道の吊り橋

那智勝浦大社

那智の滝



 そして新宮川沿いの道を南下し、那智勝浦本宮へ向かう。土産物屋で無料で駐車させてもらい、少し小雨がぱらついてきたので傘も貸してもらう。そしていざ今から上り坂の参道に向かうぞ!と気合いを入れた瞬間、声をかけてきた人がいた。何とそれは私の元同僚というか大先輩で、10年ほど前に大変世話になった人であった。大変懐かしく思うと同時に、普段会うこともない人にこんな遠く離れたところで会うとは思いもしなかった。しばらく話をしていたところ、嫁さんがすすっと近寄ってきて、「ひょっとして○○さんではありませんか!」と話しかけてきた。なんとその人は、嫁さんにとっても、高校時代に大変世話になった恩人だったそうである。なんとも世間は狭いものである。

 勝浦本宮、青岸渡寺、そして那智の滝と、軒並み世界遺産のオンパレードである。こうまで次から次へと世界遺産が続くと、罰当たりかも知れないが、有り難みが薄れてしまうような気になってしまう。今回初めて間近に那智の滝を見て、その迫力に圧倒された。さすが落差日本一の滝である。


 そして新宮の熊野速玉大社へ向かう。ひょんなことからここに通い出して、私はここに3年連続で参拝している。というのもここの御利益はすごい。ここに参ったおかげで34cmの大岩魚を仕留めることができたと固く信じている。ここの釣り守りの御利益は絶大である。今回もお守りを授かり、これでお守りは合計3つになった。


 さてここからは松阪まで一気に走る。途中鬼ヶ城に立ち寄っただけで、ずっと走り続けた。というのは17時に松阪の「一升びん宮町店」を予約していたのだ。ここには回転寿司ならぬ「回転焼き肉」があるそうだ。たまにテレビにも放映されて、芸能人の客も多いと聞く。珍しもん好きの私としては、これは行くしかないと考え、予約しておいたのだ。行くともう既に店には満員の客が溢れており、やはり予約しておいて良かったと実感する。見るとまさに回転寿司さながらに、お肉のお皿がまわっているのだ。冷蔵された透明なトンネルの中を肉が回っているのである。ボタンを押すと扉が開き、その皿を取り出して自由に焼いて食べる。タンや上ミノをはじめ、マメやサガリやコブクロといった内臓系、キャベツやコーンといった野菜、そしてなんと松阪牛のロースまで回っているのである。好きなだけ取って、好きなだけ焼いて食べる。うーん松阪牛はやっぱり最高やね。口直しに鳥や豚もあるので、飽きることなくいくらでも食べられる。それぞれが腹一杯肉を詰め込んで、今夜のお宿、二見の「岩戸館」に向かう。

鬼ヶ城にて  3匹の鬼たち

回転焼き肉

旨い!

松阪牛!



 この宿は二見ヶ浦の夫婦岩のすぐ近くにあって、昭和の時代に修学旅行を経験したもののほとんどはこの地を訪れているだろう。この宿は歴史を感じさせるものの、非常に心配りが行き届いていて、経営者の心意気を感じさせる宿であった。設備は古いなりに磨きこまれており、夕食は無いものの朝食はまさにこれが健康食というような見事なものだった。こんな料理を食べていたら、きっと世の中には成人病になる人は皆無であろう。そんな宿だった。


 夜明けから日の出を拝み、朝風呂で身を清め、二見輿玉神社に参拝する。そして伊勢志摩スカイラインへ。ここも小学校6年生の時におそらく訪れたには違いないが、ほとんど記憶に残ってはいない。もちろん当時からはかなり変わっているだろうが、朝熊山の山頂からの雄大な景色は、まさに絶景であった。

二見ヶ浦の夜明け

夫婦岩

伊勢志摩スカイラインにて

魚々味定食



 そして今回の旅行の最後の楽しみは、伊勢湾の海の幸を存分に味わうことである。龍神温泉では山の幸に舌鼓を打ち、松阪では満腹になるまで焼き肉を詰め込んだからには、あとは海の幸である。これもあらかじめ目をつけていたのは、漁協直営店の「魚々味(ととみ)」である。さすがに伊勢海老三昧までは手が届かなかったが、御食国(みけつくに)として栄えた伊勢である。そこの魚が美味くないわけがない。新鮮な魚を思いっきり味わい、満足満足。特に刺し身とかき揚げが旨かったね。


 最後に伊勢神宮に参拝し、おかげ横丁やおはらい町を散策し、食べあるきをして今回の旅の締めくくりとする。ここにきたら必ず甘酒を飲むことにしている。夏でも冬でも、このおはらい町の甘酒は、まさに飲む点滴というのが実感できる。

おはらい町の賑わいぶり

マンボウの干物が売られてました。

和泉元彌による狂言(内宮にて)

おかげ町のネコ


こんなネコもいました。



 ということで、今回の受験勉強お疲れさんツアーは無事終了したのであった。熊野は地の果てにある黄泉の国。そしてその黄泉の国から帰ってくることを黄泉帰り、つまり蘇りという。今の言葉で言うと、リフレッシュの旅、なのかな。さて受検は終わった。でもこれは終わりではなく新たなスタートでもある。みんな順調なスタートを切ってほしい。私はといえば、もう胃袋がヘトヘトである。なかなか胃袋が蘇るにはヒマがかかりそうだ。

                                                               2016.3.26-28   
 



 

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