陸奥ダイエット二人旅

尾芭蕉『奥の細道』を訪ねて



 今年の夏は異常である。大阪北部地震に始まり、日本観測史上最高の41.1℃を記録した酷暑、そして甚大な被害をもたらした西日本豪雨、たび重なる台風の襲来・・・。そんななか、降り注ぐ蝉の鳴き声を聞きながら、ふと思いついた。「そうだ!山寺へ行こう!」

 山寺というのは、松尾芭蕉が「奥の細道」の中で「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」と詠んだ立石寺である。若い頃から興味があり、いつか行ってみたいなあとは思いながら、まだ行けずにいる場所の一つである。その蝉の正体についてはいろいろ論争されていたらしい。その句が詠まれたのは新暦の7月13日らしいから、既にその句が詠まれた日は過ぎている。だから実態を確認するにはもう遅いのだが、そんなことはどうでもいい。それに21世紀のこの酷暑の今鳴いている蝉が、たとえ同じ日時だとはいっても何百年も前に鳴いていた蝉と同じなんてことは、とうてい証明できない。だから「蝉」は「蝉」でいいのである。それで十分である。私にとってはアブラゼミニイニイゼミも関係ない。そんな科学的考察は不必要である。俳諧という芸術の世界に、そのような頭でっかちは無用である・・・! なんて偉そうなことを言いながら、結局私はその地に行って名物を食えさえすりゃ、それでいいのである(笑)。



 8月2日(木)朝四時、寝ぼけ眼の娘を連れて出発する。なぜか今回の陸奥の旅は「陸奥一人旅」ならぬ「陸奥親子旅」になってしまった。実は娘も私もかなり丸い体型をしている。ゆえに職場や学校の検診では、やはりそれなりの結果をいただいている。山寺と出羽三山巡り・・・。考えただけで汗が噴き出しダイエットにはこの上ない目的地である。ということで利害が一致し、同行することになった。

 北陸道を快調に走る。案の定、娘は助手席で爆睡している。何度かサービスエリアで休憩しながら、ただひたすら日本海沿いを北上する。かつてナナハンのオートバイを駆ってすべて一般道を北海道まで走ったことを思い出す。当時初日は新潟駅で力尽きて野宿をし、2日目の夕方にやっと青森の大間にたどり着いた。それに比べると楽勝である。高速道路の有り難みがよくわかる。新潟から磐越道に入り、今回の最初の目的地である大内宿を目指す。昔ながらの宿場町の風情が残されているところで、映画のロケ地になったとも聞いている。

 午後2時頃に到着し、散策する。見事なまでに残された宿場町は圧巻である。参勤交代が行われたであろう道の両側に流れる小川の水の清冽さ。氷水より冷たく感じられる。建物のほとんどは店舗になっているが、古い建物をそのまま残して活用し、時間が止まったかのような錯覚にとらわれる。その中の一軒「玉屋」で蕎麦をいただく。ここの名物が一本のネギで食べる蕎麦である。いったいなんでそうなったのか知らないが、ネギは箸であり薬味である。ネギで掻き込みながら、そしてときおり囓る蕎麦は、胃袋に染み渡るような味わいであった。やはり信州や東北の蕎麦はうまい!

壮観 大内宿

一本のネギで食べる蕎麦

大内宿



 大内宿をあとにして、次は「鶴ヶ城」いわゆる会津若松城を訪れる。歴史の舞台となったところで、大河ドラマ「八重の桜」では綾瀬はるか演じる山本八重が、スペンサー銃を手に抗戦した場所である。いったい何が正義で誰が味方で誰が敵か・・・、混沌とした時代の中で生じた悲劇の舞台である。今は鉄筋コンクリートで建設された城型博物館ではあるが、天守閣から眺める景色や石垣から、当時の様子を思い浮かべていた。

 そして今夜のお宿「東山グランドホテル」である。名前はそのまま残っているが、中身は大江戸温泉物語である。この手のホテルは初めて泊まったが、徹底した人件費や過剰なサービスを削除した結果、客にとっては非常にリーズナブルな価格で旅を楽しめる。朝夕のバイキングは、すべてを食べようというのはとうてい無理な程の品数で、旅の情趣という点では欠けるものの、今の時代はこの方が大衆受けするにちがいない。おまけに平日の特別サービスということで、60分アルコール飲み放題とのことであった! 私も娘も飲み過ぎの食べ過ぎという状態に陥り、部屋に戻って寝ころんだ途端に爆睡した。

東山グランドホテル

これが喜多方ラーメン

行列のできるラーメン屋





 2日目の朝、温泉につかった後、7時から朝食とする。朝食もバイキングだが、これまたかなりの品数があった。ふと、学生時代のさもしい根性が頭とよぎる。そのころはユースホステルを利用した旅が全盛の頃であったが、安い料金で各地を旅するには最適の施設であった。「キチ〇イユース」として有名な礼文島の桃岩ユースホステルをはじめ、数々の思い出深い宿がたくさんあった。だが一番有難かったのは、ご飯がおかわり自由だったことである。つまり朝飯を思いっきり詰め込んどいたら、1日2食で済み、その分旅費が浮かせられるのである。今の時代にそぐわないが、そのしみったれた精神は私という人格の中に深く潜り込み、もはや拭い去ることは不可能であろう。普段の何倍にも相当する量の朝飯を胃袋に詰め込み、そして出発した。今回のお宿は当たりであった。そして本日の目的地、山寺へ向かう。

 山寺というのは正式名は『立石寺』だが、最寄りの駅も山寺駅といい、ひょっとしたら当時は全国的に山寺といえばこの寺を指したのかもしれない。なんせあの松尾芭蕉が「閑かさや岩にしみいる蝉の声」と詠んだ場所である。ということで、福島から山形県へ向かう。コースとしては米沢、天童といった名だたる東北の名所を通過するわけだが、その手前に喜多方という標識を発見した。そのときキラッと娘の目が輝いた。「父さん。米沢といえば米沢牛やろ。喜多方といえば喜多方ラーメンやな。」なんと、さすが食うことには目がない我が娘である。私としては晩飯まで必要がないほど胃袋に詰め込んではいるが、無視したら末恐ろしい娘の願いとあっては立ち寄らないわけにはいかない。喜多方市街の方へ車を向ける。とはいってもまだ9時である。開いているところがあるかどうか・・・。ふと見つけたのが「支那蕎麦坂内食堂」である。今の時間に営業しているということで、ちょっと寄ってみた。ところがである。なんと店内には行列ができているのだ。まだ朝の9時半である。いったい誰が朝っぱらからラーメンなんか食べに来るのか? 本当は満福状態であまり食べたくはなかったのだが、ここまで来てこの状態のラーメン屋に来て、食べずに帰ることは許されない。何とも不思議な感覚にとらわれながら、列に並ぶ。そしてついに注文したラーメンがやってきた。スープは透明であっさりした雰囲気である。麺は太麺の縮れ麺で美味そうだ。ということでさて一口。うーん、なんて表現したらいいのか・・・。うまいまずいは人それぞれの好みがあるから一概には言えないが、私と娘は顔を見合わせた。決してまずいとは言わないが、私たちには好きではない味であった。何と言うか、のような野生の力強さが感じられる。決して臭いとは言わないが独特である。都会のチェーン店に慣れ切った私たちの口と鼻には、一種異様なパワーが感じられた。ある意味その土地の名物を、何の飾り付けもせずにいただけたのは有難いことである。

 喜多方をあとにして、山寺へ向かう。腹いっぱいの娘は爆睡している。まあ寝ているうちに米沢は通過しよう(笑)。 山寺に到着し、さて今から登山である。奥の細道に「岩に巌を重ねて山とし、松柏年ふり、土石老いて苔滑らかに・・・」と書かれているように、ほんとに奥深い山に堂が築かれてあった。昔の人は良くこんなところで修行したものである。煩悩の多い人は、あの岩山からよく転がり落ちたと説明されていた。だが山頂の開山堂には、とても涼しげな風が吹いていた「閑かさや岩にしみいる蝉の声」その時鳴いていたのはミンミンゼミだった・・・。

芭蕉像  なんか微笑んだ気がした・・・。

山寺山頂  開山堂

開山堂内部



 下山して、茶店でかき氷をいただく。イチゴやレモンの氷に、ミルクはサービス・・・。ということなので、イチゴミルクとレモンミルクを注文する。300円とは良心的である。娘との二人旅が珍しかったのか、店員のおばちゃんが色々と話しかけてきて、そして色々教えてくれた。おまけにご当地名物の玉こんにゃくをサービスしてくれた。芭蕉もこれを食べて、力をつけて山に登ったとか。とっても親切な店員さんに感謝。

力がつく玉こんにゃく

宿坊 神林勝金

閑さや 岩にしみいる 蝉の声



 さてここから次の目的地である出羽三山を目指す。出羽三山とは、羽黒山・月山・湯殿山の3つを指し、言わずと知れた修験道の聖地である。もちろん芭蕉翁も訪れて、それぞれ句を詠んでいる。さて、事前の予定ではこの日の午後は羽黒山に参詣し、その麓の宿坊で泊めていただき、翌日に月山と湯殿山に参詣するつもりであった。だが喜多方ラーメンの件もあり、今から羽黒山に行くには中途半端な時間になってしまった。先ほどの茶店の方の情報によると、たまたま今は国宝羽黒山の五重塔の内部公開をしているとのことだが、いまから行けばそれには間に合わない。かといって山頂だけ車で行けば、今回の一番の目的である羽黒山参道は行けないことになってしまう。ということで、一番楽な結論であるが、今日は早めに宿に入って、明日その3つを回ろうという結論に達した。

 本日のお宿は羽黒山の宿坊『神林勝金』である。ネットで調べて電話で申し込んだのだが、到着して実際に見てみると、言ったら悪いがやはり不気味な感じがする。私のような宗教に関して物凄くいい加減な人間にとって、厳かさは不気味さに感じてしまうのだ。まるで幽霊屋敷というかお化け屋敷というか、中からヤマンバが包丁を持って出てくるのでは・・・、なんて思ってしまう。予約をしたもののどうしようかと、一瞬悩んでしまった。意を決して呼び鈴を鳴らしたら、出てきたのはやはりヤマンバだった(笑)。と最初は思ったが、丁寧に対応してくれて、お風呂の準備ができているからどうぞ、お客さんが一番ですからすぐにどうぞ、と勧めてくれた。ということで部屋に案内されたが、確かに古い建物ではあるが、手入れは隅々まで行き届いており、お風呂も真っ白でピカピカで、本当に気持ちよく一番風呂を楽しむことができた。昨日の温泉旅館とはまた違った入浴の気持ちよさだった。

 さて食事である。もちろんわかってはいたが、完全な精進料理である。ところがである。なんとネットから申し込んだ特典ということで、アルコールが一本サービスされていた。その瞬間に、私にはヤマンバが女神に変身したように見えた。そして私はビール、娘はチューハイである。ここではアルコールも我慢する覚悟をしていたが、一気にそれは崩れてしまった。そして夏野菜の天ぷらをはじめ、ところてんや山菜をあてに飲むビールはうまい。おそらく日本酒ならもっと旨いだろうということで追加する。あ〜あ、聖地に来たのに煩悩は少しも減ってはいない。



 3日目。今回の旅の最終日である。朝6時半に用意してもらった朝食をいただき、まずは羽黒山に参詣する。宿のすぐそばの登山道から、まずは少し下り、そこからあとはずっと登りとなる。すぐに五重塔があったが、まだこの時間には内部公開していなかったので、ここは帰りに寄ることにして杉並木の石段を登る。写真では見たことはあったが、さすがに厳かな雰囲気である。ただこの石段が微妙なサイズなのだ。一歩で行くには狭すぎるし、一段飛ばしで行くにはちょっと幅がある。どうも現代人の体格には合わないサイズである。まあぼちぼちと登ることにする。そのうち平坦な場所に来たので楽勝楽勝と思っていると、次は二の坂が現れた。ここがまた難所である。さっきよりも勾配がきつく、相変わらず石段は歩きにくい。汗をふきふき、黙々と登る。何度も水分補給しながら、やっと茶店にたどり着いた。ここから見る下界の景色は抜群である。庄内平野というのはこんなにも広かったのかと、目を見張るばかりであった。だがこれで終わりではなかった。二の坂てっぺんに茶店はあったが、これは三の坂の登り口であったのだ・・・。ぜいぜいいいながら、やっと本当の山頂に登りつき、三神合祭殿に参拝する。巨大な茅葺の建物で、その屋根の形状は独特で、分厚い茅葺屋根が曲線をえがいていた。そして正面には月山を中心に、三山の神々の額が掲げてあった。また年中水位が変わらないと言われている鏡の池や茅葺屋根の鐘楼もあった。やはり神仏習合の修験道の世界である。
 帰りは元来た石段を下り、次は月山を目指す。途中で、初めて一般公開された五重塔の内部を拝観する。拝観料を支払うとその場でお祓いをしてくれてなかへ案内された。内部は撮影禁止だったから、しっかり目に焼き付けてきた。心柱はただ置いてあるだけで何の支えもなく、塔自体を支えている四本の柱は蔓で縛ってあるだけで、これは乾燥すればするほど強力な力を発揮するそうである。いいものを見せてもらった。

登り・・・。 まだまだ登り・・・。 下りは下りでキツイ・・・。


三神合祭殿

茅葺の鐘楼

国宝の五重塔




 この三山には巡る順番があるそうで、羽黒山→月山→湯殿山の順に参るのが正しいとされてる。これはそれぞれ、現在・過去・未来を表すそうで、そういうしきたりのようである。伊勢神宮では、まず外宮さんに参ってから内宮さんに行くように。

 さてこれから月山へ向かおうと思ったが、ガソリンが残り少なくなっているので、まずスタンドに立ち寄ることにした。ところが近隣にないので、調べた結果、少し遠回りになるのだが、まずはガソリンを確保してから行くことにした。グーグルマップでは本日営業中とのことである。ところが行ってみたら、なんと営業時間は午前7時から9時の2時間と、午後は16時から18時の2時間のみ。そんな営業ってあるんか!と思ったがどうしようもない。周りは山と田んぼだけ。地元の人に聞いたら、さらに20キロ先にガソリンスタンドがあるとのことで、そこに行ってみることにした。ガソリンを入れるためなのか、無駄にガソリンを費やしているのか・・・。結局、かなりの時間とガソリンを無駄にしてしまった。まあおかげで最上川を実際に見ることができたが・・・。でもJA山形さん、もっと頑張ってや。


 月山は八合目までは車で行けるらしい。ただ、そこまでの道は舗装はされてはいるが狭い道で、場所によっては一車線ぐらいの幅しかない。熊が出てきそうな山道である。そこを登山客が訪れ、参拝客もやってくる。そしてそれらを運ぶ観光バスも通行する。シーズンの土日などは、かなり渋滞することもあるそうだ。幸いこの日は土曜日だったが、渋滞だけは免れた。ただ駐車場はいっぱいで、かなり離れたところに止めざるを得なかった。

 今回は山頂まで登る時間はなかったので、中腹を周回するコースを歩く。まるで礼文島のお花畑を歩いているような雰囲気だった。丈の低い高山植物のなかを、散策するのはとても幻想的であった。


 さて、最後は湯殿山である。ここは芭蕉が、「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」と詠んだところである。ここは特別な聖地で、昔から「語るなかれ」「聞くなかれ」と昔から戒められている。もちろん撮影禁止である。だからここでも書くことはしないが、中に入るまではこんな感じであるということだけ述べておこう。裸足になってお祓いを受け、紙の人形で身体をさすり穢れを落とし水に流す。そしてご神体へ。あとは語りません。ご自身で脚をお運びくださいね。

月山八合目

月山を散策

湯殿山神社の大鳥居



 そして帰路である。この時点で午後4時。ただ延々と走るのみ・・・・。そして夜中の3時に無事帰宅した。2泊3日で2000キロ弱の旅であった。我ながらようやるわ・・・・。
                                                                    (2018/8/2-4) 

 



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