神山
「伯耆大山」に登る

大山開山1300年祭に際して


 今年は伯耆大山の開山1300年にあたるそうである。詳しいことは知らないが、出雲風土記に残る最古の神山である。中国地方は普段からよく訪れ、大山にも何回も足を運んではいるが、まだ山頂には登ったことがない。先日、出羽三山に参詣したところではあるが、この際、この記念すべき年に西の霊峰を極めるというのも、また何かのきっかけかもしれない。ということで、盆休みを利用して登頂することにした。


 普段何のトレーニングもしていない私にとって、大山はとんでもない難所である。本格的な山屋さんからすれば大山の夏山なんて大したことはないかもしれないが、私にとっては8千メートル級の山々に相当するのである。だからといって、事前に何の準備をすることもなく、思い付きで強行するところがいかにも私らしい。折しも長男の休暇が一致したため、二人で登ることにする。歴史好きの長男にとっても、思わず飛びついてくる魅力的な計画(?)であった。


 前日の夕方、夏山登山道の入り口のすぐそばにある『下山野営場』でキャンプをする。登り口に近いうえに、そのまま車を止めたままで登山できる格好のキャンプ場である。サイトはありのままの自然をそのまま活用してあり、とても清潔で気持ちのいい夜を過ごせそうだ。おまけに料金は大人一人500円、テント300円で、非常に良心的である。私にとって、久々のテントを張るキャンプである。ブルーシートにくるまって寝るだけの野宿は、渓流釣りではしょっちゅうやっているが・・・。

大山の北壁 鍵掛峠より

久々のテント泊



 設営後、まずは乾杯。私はビール、息子はチューハイである。少しだけ大地にそそいで感謝を表し、それから自分の胃袋に流し込む。やはり野外でのビールは最高である。そしてビールのアテか食事かははっきりしないが、炊事を始める。といっても愛用の鉄製フライパンに油を敷き、あとは肉、野菜、焼きそばを放り込むだけである。タレはすべて同じ焼肉のタレである。でもこれが一番簡単で美味いんよねえ(笑)。夕日が文字通り木漏れ日となって、最高の調味料となってくれる。いつの間にやらワンカップが3つ空になっていた。


 今回は私のバイクツーリング用のテントを持参していた。一応2人用とはなっているが実質は一人と少しの荷物を入れたらいっぱいである。そこで今回はほとんどオモチャのような、ワンタッチで自立するテントも持ってきていた。ちょうど海水浴で使うようなものである。場合によっては荷物入れにしたらいいか、ぐらいに思っていたのだが、天気もいいし息子と二人では手狭であるので、私がその簡易テントに寝ることにした。


 ところがである。酔っぱらって早めに寝込んでいた私は、轟々と響く風の音に跳び起きた。なんとも凄まじい嵐のような暴風である。夜中の1時頃だったと思うが、周りの木々も枝が吹きちぎられるぐらいすごかった。じっとテントの中で耐えていたが、ふとトイレに行きたくなり管理等へ行って帰ってきたら、なんとテントが無かったのである。 しばらく途方に暮れていたが、闇夜でよく見えなかったが、少し離れたところに何となくぼーっと白いものがある。ひょっとして、と思って近づいたら、それは紛れもなく私のテントであった。よくもまあ、こんなところまで吹き飛ばされたものだ。その後4時過ぎまで暴風に耐えていたが、いつの間にやらうつらうつらしており、目覚めたのは6時過ぎだった。



 さて、いよいよ登山日の8月15日となった。朝ごはんは得意のぶっかけうどんである。今回のトッピングは天かすと納豆で、林の中で豪快に音を立ててすする。これはすぐにエネルギーに代わってくれるに違いない。片付けをして、さていよいよ大山登山出発である。


 夏山登山道入り口から、丸太で整備された階段が続く。結果的にこの階段はほとんどてっぺんまで続くことになるわけだが、ものすごい労力の賜物である。あちこち崩れているところもあったが、そのメンテナンスだけでも大変な作業であろう。だからこそ身近にこんな霊峰を登ることができるのである。思わず敬意を表したくなった。

大山夏山登山口

六合目にて

六合目より望む大山の壁

六合目より望む日本海



 ところがである。なんか今日は調子が悪い。2合目なのに、ヘロヘロなのだ。いつもは最初はしんどいものの、一通り汗が出たらあとは快調なのに、今回はどうもおかしい。3合目、4合目あたりは息子に、「先に行ってくれ。あとからついていくから先で待っていてくれ。」と、なんとも屈辱的なことを言ってしまった。正直20代前半の息子に体力的に勝るとは思ってはいないが、「まだまだ負けてられっかい!」という気持ちだけは持っている。だから相当屈辱的な発言である。息子も察したらしく「父さん、飲みすぎやで。」とほざきよった。うすうす自分でも原因は寝不足と深酒だとはわかっていたが、どうもかっこ悪い。10歩歩いては一休みする、といったペースでぼちぼち登る。標高と合目が表示されてあったが、1500メートルあたりが一番苦痛であった。


 そしてやっと6合目。素晴らしい展望が広がる。島根半島や弓ヶ浜、遠く隠岐の島あたりを眺めていると、大山と三瓶山を軸にして陸地を引き寄せてきて、その綱が弓ヶ浜になったという出雲神話が、この風景を見ていたらそんな想像もできるなあと、古代人の豊かな想像力に思いを重ねる。そして大山の恐ろしいばかりの壁と、屹立した崖が目前に迫ってくる。神々しさよりも、荒ぶる神々を、古代人はこの姿に見たのではないだろうか。ここで息子は待っていてくれて、再び一緒に登りだす。この頃になるとやっと体中の満ち溢れていたアルコールも抜けきったのか、体もすっきりしてきた。延々と上り坂は続くものの、順調に登り続ける。この頃から霧が立ち込め、展望は望めなくなったが、幻想的な風景となる。そしていよいよ頂上間近になった時、木道が整備されておりそこを歩くことになった。かつて大山の山頂は人が歩き回って荒廃していたらしいが、それを復活させるために木道以外は立ち入り禁止とし、現在は見事に復活している。これは人々の熱い思いの結果であり、今もボランティアで石や水をもって上がる人も多いと聞く。大山は恐ろしいだけではなく、誰からも慕われている山なのであろう。

霧の中の木道

ついに山頂を極める



 そしてついに山頂へ。よくぞここまで登れたものである。自ら招いたとは言うものの(笑)、この体調の悪さのなか、よく登頂できたものである。今回はガスっていて山頂からは何も見えなかったので、いつかきっとまた来るで!と希望を持たせてくれる結果となった。少しの間山頂でたたずみ、その後下山する。

天然記念物ダイセンキャラボクの群生地

賽の河原のような沢


大神山神社奥の院

大山寺



 来た道をそのまますべて戻るのはつまらないので、石室コースと行者道を通って下山することにする。どちらも人は少なく、ダイセンキャラボクの群生地や、まるで賽の河原のような土石流の沢を通過し、大神山神社奥の院大山寺を参拝し、そして下山する。大神山神社に参って、今さらながらわかったことだが、御祭神はあの大国主命で、大山自体に神が宿っていらっしゃるとのことであった。苦難の時代を耐え、国造りを行い、さらには国譲りという英断をされた神である。今回私も二日酔いという苦難に耐え、そして山頂を極め、そして下した英断は・・・。「何はともかくかき氷が食べたい。」ということでバス停前の店に駆け込み「イチゴミルク金時」を食べることで、今回の登山を無事終了したのであった(笑)。 

イチゴミルク金時!



                                              (2018.08.17)



 

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