オヤジの健康法(?)




 昨年『不惑』の年を迎えたときから、職場での健康診断は血を採られたりバリウムを飲まされたりと、多岐に渡って検査されることになった。そのことはすでに述べたが、あれからもう1年かと思うと月並みな表現だが、時の流れの速さにはあらためてびっくりししてしまう。『不惑』から『本厄』へ・・・。なんか嫌な響きだが・・・。

 さすがに今年は、検診嫌いの私も心の準備と2回目という慣れのおかげで、去年ほど苦労もせずにバリウムを飲み込むことができた。だがまたまた体重が増えているのである。
 昨年度は実のところ、血糖値や肝機能において若干の『要再検』があったのだが、すべて無視してしまった。心のどこかではやはり多少は気にはしながらも、まあ大したことはないわい、と勝手に思いこみ、ずるずるしているうちに今年の検査になってしまったのである。

 結局のところ、私にとって体重と飲み過ぎが諸悪の根元だということは、なにもわざわざ検査してもらわなくても百も承知である。タバコをやめてからおよそ15キロ増加し、それをずっと維持(?)している。元に戻そうとまでは思わないが、せめて5キロ減ったら大違いだろう。ということで、何か気軽な運動はないかと考えてみた。

 ちなみに私は高校生の頃は漕艇部に属し、徹底的に筋トレと持久走をやらされた。大学では空手をしており、その後、柔道や剣道をちょっとかじり、あわせて何段か持っている。といってもそれらをしなくなってから、もう十何年も経っており、今さらそんなしんどいことをする気は全く無い。そもそも現役の時でも、痛いことやしんどいことをするのは大嫌いだったけど・・・。



 さんざん考えたあげくに、ぶらっと自転車を乗り回すことを思いついた。というより、以前にふと同じようなことを思ったときに衝動買いした自転車がホコリをかぶっていたのを思い出したのである。近くのホームセンターで17800円で売ってたのを、広告の品としてさらに5000円引き、つまり12800円で買ったマウンテンバイクであった。もちろん『マウンテンバイクもどき』である。ちゃんと「未舗装路や競技には使用しないでください」と書いてあった。 まあ競技はともかく、「未舗装路」を走ってはいけないマウンテンバイクっていったい何なんだとは思うが、私にしてもはなからそんな使い方をするつもりは毛頭無いので、これで充分である。まあママチャリに乗るよりも気分がいいんじゃないかな。それを引っ張り出してきた。

 というわけでちょっと乗ってみたのだが、どうも調子が悪い。ペダルをこぐたびに『カタン・カタン』と変な音と軽い衝撃がある。どうも気になって仕方がないので、最寄りの自転車屋さんに持っていった。するとボルトがゆるんでいるということだったが、それを締めてもらったところ、なんとそれは単に緩んでいるというのではなく、フレームそのもののガタからきており、修理どうこうのレベルではなく、根本的な欠陥だということであった。
 幸いギリギリ保証期間内であったので、買ったホームセンターに持っていったが、さてどうなることやら・・・。クレームで修理されたとしても、その場しのぎであって、あまり耐久性においては信頼できそうにない感じがする。完全な『安かろう、悪かろう』のシロモノであった。やはりこの手の物に、強度と精度を求めるのはマチガイのようである。

            

             「安かろう悪かろう」・・・・1年も経たないうちに、根本的な欠陥が!



 そこで登場したのが、これまたホコリをかぶったというより、もう完全に顧みられることなく、見捨てられていた一台の自転車であった。 そもそもこの自転車は私が中学入学時に、通学用として買ってもらったものである。だからもうおよそ30年の歳月が過ぎ去ったことになる。当時としては4万数千円という非常に高価な品物だったのだが、当時の中学校は規制が多く、変速機はダメとかハンドルはドロップはいけないとかで、もちろん今主流のママチャリやマウンテンバイクなんて存在さえしてなかった。だから何の変哲もない通学用自転車である。ただ、うちの親がどうせ買うのならということで、いいものを買ってくれていた。当時としては破格の値段だったと記憶している。これは今でも結構な値段であるし、というより今ではこの何分の一かでも新車が買えるのだから、モノとしてはかなりいいものだったのであろう。

 ちなみにこの自転車は中学3年間通学に使い、高校の3年間は最寄り駅まで乗っていった。3年間のうち何度か、電車のストのために行けなかったときは、はるばる滋賀県の栗東町から琵琶湖をまたぐ近江大橋を渡って大津の学校まで行ったこともあった。途中でパンクしてえらい目にあったこともあるが・・・。

 その次の年には1年間浪人生活を送ったため、京都駅の西口にその自転車をとめておき、京都駅から堀川丸太町まで毎日市内をぶらついたのであった。そのためにわざわざ国道1号線を、滋賀県の栗東から京都まで乗っていったのである。途中県境の逢坂峠もあるし、京都と山科の境の五条バイパスもあったのだが、若さが可能とした無謀なサイクリングであった。

 その翌年、なんとか大学生になることができ、それに伴い、神戸のボロアパートまでその自転車も持っていったのであるが、そのころはもうバイクという便利なモノを手に入れていたので、その自転車のもっぱらの役割は、銭湯に行くときと雨の日に傘さし運転をしてバス停まで行くのと、他にはパチンコ屋へ行くことだけであった。そしてそれ以外はアパート前の電信柱にくくりつけられ、雨ざらし風ざらしのほったらかしにされていた。

 それから現在に至るまで何度か引っ越しを繰り返したが、何度も廃棄処分の運命にさらされながらも、なぜか捨てることもできずに、今もマンションの駐輪場にある。何年か前にたまたま気まぐれに、車用の塗料の残りを塗ってみたが、かえってボロっちくなってしまっていた。だから今まで誰にもさわられたこともないし、もちろん盗難に遭ったこともない。もし世の中にこれ以外他には自転車がない、といった状況にならなければ、わざわざ好んでこの自転車をもっていく奴もいないのではあるまいか?

             

            見よ! この勇姿!  これが30年間生き続けてきたチャリンコである。



 ついに、このもう静かに朽ち果てていくはずの運命であった30年モノの我が自転車に、再び光が当てられたのである。マンションの駐輪場の片隅に鈍い光を放っていた自転車が、再び輝きだしたのである・・・・・。なんてこともあるはずはなく、ペチャンコになったタイヤに空気を入れ、各部に給油してから乗りはじめた。 何とも重いペダルである。これは自転車のさび付きのせいか、それとも足腰の衰えか? チェーンのあたりからは、なにやらこすれたような異音がする。 しばらく行くと下り坂になった。ブレーキをかけた途端、周囲のお散歩の皆さんが一斉に振り返るほどの、凄まじいブレーキ音。こりゃ、ベルがつぶれてはいるが、ブレーキが十分ベルがわりになるに違いない。そのうちに登りにさしかかる。地球にこんなにも凹凸があるとは!新たな発見である。


 だがしばらくすると、ほとんど記憶から消えてしまっていたことが次々と目覚めてきた。そういえばこの自転車でカーブが曲がりきれずに、植えたての田圃に頭から突っ込んだのは中学1年生だった、とか、道路に飛び出して危うくひかれそうになった車はたまたま近所のおっちゃんで、思いっきりどやされたがもうそのおっちゃんはなくなったらしい、とか、よく一緒に連れ立って帰ったあいつは今は親類縁者にも連絡がとれないらしい、とか・・・・・。

 だが自転車としての機能はまだまだ衰えてはいない。作動部などはホームセンター産のマウンテンバイクよりしっかりしているぐらいである。こいつで早朝にたとえ30分でも走ったら、いい運動になりそうである。ペダルの重さもかえっていい負荷になるのではなかろうか?

      いまどきこんなブレーキあるのかな?



 というわけで早朝トレーニング(なんていうほどたいしたものではないが)をはじめて3日目になった。そろそろ文字通り3日坊主になりそうである。 でも爽快な気分はほんとにいいものである。格好なんて気にせず、気持ちのいいことがしたい。これは何をするにつけても、僕のポリシーだもんね。

ただ、いつだったか、ある高校生に言われた言葉が耳に残っているが・・・・・。
『うわーっ、すごい自転車! これはメード・イン・ヤマタイコクですね!!』

じゃかあしい! はな垂れガキども!!(笑)



 

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