世界遺産は遠かった・・・・・。 

郡上八幡と白川郷の合掌造りをたずねて


  2002年 4月27日(土)


 GWを間近に控えたある日、いつものように私がF氏にメールを入れる。昔からずっと、私が誘いぶつぶつ言いながらもF氏がついてくる、といったパターンは変わってはいない。今回は世界遺産を見に行こうというメールを入れたのだが、F氏は『姫路城なら近場でいいなあ。』と反応してきた。「あのなあ、君は姫路の住人なんやろ!何しにわざわざ地元の姫路城にテント持ってツーリングにいくんや!」 とメールを返してやった。最初は意味がわからなかったようであるが、白川郷と聞くとあまりの遠さに少々渋った様子だったが、結局は行くことになった。(やっぱりパターン通りで、昔からまったく変わってはいなかった・・・)


 当日、朝8時半に滝野社インターで待ち合わせをする。少々出発は遅いが、前夜は残業だったため、まあこれぐらいしかしょうがない。集合すればさっそく出発である。といっても高速道路に入れない我がCD90は、ひたすら一般道路を走るより道はない。まずは国道372号線を東に向かって京都を目指す。京都への裏道として走り慣れた道であるが、かつてこの道を源義経が平家を追って京都から鵯越に向かって駆け抜けたそうである。所々それにまつわる伝説や地名が残っている。京都からは滋賀の琵琶湖大橋を目指し、そこで昼食とする。まあここまではこの方面に来るときはしょっちゅう通過する経路だから、そんなに感慨もなくただの通過地点として走るだけである。


 琵琶湖大橋を20円の通行料を払って通った後、湖岸道路を米原まで走る。左には霊峰比良山や比叡山が琵琶湖越しに見え、すこぶる爽快な道路である。さすがにGW初日とあって家族連れも多く、あちこちからバーベキューのいい匂いがたちこめている。滋賀県出身の私にとって、滋賀にいた頃にはこんなに整備されてはおらず、滋賀県もよくやっているなあと嬉しく思う。


 さて米原を越え、関ヶ原を通る頃から景色が変わってくる。というより子供の頃から見慣れていた景色に終わりを告げ、いよいよあまり知らないところへと入り込んだのである。大垣市内はまるで高速道路を思わせるような道で、早い流れの中では我がCD90はちょっと苦しそうであったが、総体としてマナーがよく、快適であった。そして岐阜市を通り、刃物で有名な関市を通過し、長良川沿いを北上する。通称『郡上街道』というそうだが、国道156号線をどんどん進む。そして郡上八幡には5時頃にたどりついた。


 考えてみると、今日はただ走っただけの移動日になってしまった。ほとんど観光らしいこともしていない。そして今回は急に思いついたのとGW初日なので、まず宿はおさえられないだろうと思い、テント泊の予定である。そのためにはやはり食料を仕入れ、明るいうちに今夜のねぐらを確保しなければならない。日没までもうあと1時間ほどであるから、このあたりが限界である。郡上八幡の商店街のスーパーで食料を仕入れ、何より大切な私のガソリン(?)を酒屋で買い込み、宿を探す。見つけた場所は、郡上八幡よりやや南側の道路公団の敷地内で、(つまり関係者以外立ち入り禁止の札とチェーンがあったのだが)森に囲まれたどんづまりの場所であった。周囲からは全く見えないし、チェーンが張ってあるということは逆に言えば誰も来ないだろうし、非常に快適な一夜を過ごすことができそうな場所である。迷わずそこに決定した。
  


               


 さて、これからテントの設営である。どうやら雨も降りそうにはない。下はアスファルトで固められてあるし、上からの落石の心配もなさそうである。 さっさとテントを張り終えて、野宿の最大の楽しみである晩餐とする。といっても野外での一夜である。そんなたいした物が食えるはずもないが、外の空気が何よりの調味料である。今日の晩餐のメニューは、まずイカのリング揚げを前菜にして、ビールを渇いた喉に流し込む。軽く缶ビールを2本ほど開けた頃、あたりがもう暗くなってくる。そこで欲しいのが灯りである。小さなナタでそのあたりに落ちていた木を割って、焚き火を起こす。トロトロと燃える火には、何とも言えない魅力がある。火を見つめながら、もう1人の自分と語らい自分を見つめ直す、なんてこともあるだろうが、そんなことはともかく、オッチャン2人が必死になって割れない木をたたきつけたり、なかなかつかない火を懸命に焚きつけたり、と大人の火遊びである。


 なんとか燃え上がったその焚き火で、次はアユを焼く。郡上八幡は水の都である。宗祇水を初めとして、あちこちに清水が湧いている。そしてそこに流れる川の幸として、アユやアマゴが大人気である。今も職漁師がいるということである。そのアユを買ってきているので、たっぷりと塩をまぶして焼く。個人的な好みかもしれないが、なぜかアユの塩焼きだけは、酒よりビールの方があうんだよね。このころにはもうすでに、何本かの空き缶が転がっていた。


 まあ、ビールはこれぐらいにしておいて、そろそろ本格的にやりはじめる。今日の私用のガソリンは『やっちく』という純米酒である。名前は何のことかさっぱりわからないが、ラベルには郡上踊りの絵が描いてあり、郡上踊り地酒開発委員会と書いてあった。特にこれといったくせはなく、飲みやすい酒である。マグカップになみなみとそそぎ、ぐっとやる。ちょっとはりこんだのだが、にぎり寿司二人前のパックをつまみながら話に花を咲かせる。明日の行程、昔話、友人の噂、仕事の愚痴・・・・。お互いたまりたまったものを好きなだけわめいている。あたりには誰もいないので、全くの好き勝手にしても誰に文句を言われることもない。これも野宿の良さである。


 最後のしめくくりは、やっぱりラーメンである。何軒もはしごしてさんざん飲んだ後に、なぜかラーメン屋に行きたくなるのと同様、野宿でも同じである。豚骨ラーメンを酔っぱらってあまり定まらない手つきで作る。 山用のガスストーブでラーメンを煮る姿は、野宿するものに最も似つかわしい。そして鍋ごとすすったあとはシュラフにもぐりこみ、心地よい眠りにつくのであった。


本日のお宿に決定! さあ、やるで! こんがり焼けたアユ!


 



 

  2002年 4月28日(日)


 ゴーンというお寺の鐘で目が覚めた。朝五時である。民家から離れたつもりだったが、以外と近くだったようである。おもむろにテントから出ると、爽快な朝であった。ゴソゴソとザックの中からガスストーブと鍋を探り出し、朝食の準備をする。今朝のごちそうはカレーうどんである。森の中に湯気が立ちこめ、そのなかでズルズルと鍋ごとカレーうどんをすする。食後に木立の中で、雉撃ちをした。今日も元気だ。快調である。


 テント等を撤収したあと、まずは昨日見そびれた郡上八幡を散策する。7時頃の八幡市街はひっそりとしていて、ゆっくりとバイクで見て回れた。まずは『宗祇水』を訪ねる。水無瀬三吟百韻などで有名な飯尾宗祇にちなむ清水だそうで、今も市民の生活に使われている。ここでその味をみさせてもらうと同時に、しっかりと顔を洗わせていただいた。爽快な気分になる。そのあと古い街並みや山内一豊とその妻の像を見て、八幡城に登る。城からは市街が一望でき、お城の係員さんから由来や名所を教えてもらった。八幡の町は水の都にふさわしく、魚の形をしているとのことであった。なるほどそういわれればそう見える。八月はほぼ毎日、各地で踊りが催されるそうなので、是非その季節に来たいものである。

これがあの 『宗祇水』 山内一豊 と その妻 何となく魚に見えるでしょ。



 郡上八幡散策のあと、大和町、白鳥町、と国道156号線を北に向かう。このあたりは長良川の清流とともに栄えてきたというのが、一見の客である僕らにも感じ取れる。美しい川の流れは、人を癒すものである。 そのうちだんだんと道は峠となり、気温はどんどん下がってくる。左側に見える大日ヶ岳には雪が残っている。ちょうど分水嶺にあたる蛭ヶ野高原についたときには、肌寒くてもう一枚着込もうかと思ったほどである。そして何気なく立ち寄ったドライブインでトイレ休憩をして、高原牛乳を飲んだあと、ふとみると水芭蕉が群生している。今がちょうど最盛期なのか、一面に咲き乱れていた。たまたまいい季節に来た幸運に感謝した。そういえば、この峠にさしかかった頃から桜があちこち残っている。今年は桜の開花がはやかったので、もう1ヶ月ほど前に桜の季節は終わったものと思っていたのに、もう一度春を感じさせてもらい、得した気分である。

八幡城 水芭蕉の群生地 蛭ヶ野高原の水芭蕉



 ところがその峠を下り、荘川村に差しかかって御母衣湖が見え始めた頃、いきなり渋滞している。なんでまたこんな山の中で渋滞かと思ったが、原因はあの有名な荘川桜のためであった。樹齢およそ450年の老木2本が今が盛りとばかりに満開であった。この荘川桜は御母衣ダムによって水没した村のお寺にあったものを、この地に植え替えたものだということである。 巨大なダムの建設によって、失われてしまったものも、数限りないであろう。その村人達の心のふるさととして、今もそびえ立っているようであった。だが考えてみると、桜が咲くのは、限られた期間である。その期間に運良く私たちはやってきたのである。今回のツーリングはひょっとしたらつきまくっているのでは? 狭い駐車場は渋滞していたものの、我がCD90などはどこでも自転車感覚で停められる。渋滞を横目に、ゆうゆうと名物桜の見物を楽しんだ。なんとなく優越感にひたる。

 ここで飛騨牛の串焼きを食べる。といっても屋台の炭焼きで、僅か200円だった。一応、飛騨の特産を口にしたことにする。(ささやかな贅沢のつもり・・・)

巨大なロックフィルダム 荘川桜



 巨大なロックフィルダムを見たあと、さらに156号線を北上する。このあたりを『白川街道』と呼ぶようである。つまり今回の目的地白川郷は、もうあとわずかということだろう。そしてほどなく、白川郷に到着した。まずはあまりの多さに圧倒された。こんなにたくさんの合掌造りの家屋が保存されているとは思っていなかった。そしてどれもが、生活のにおいがしてくるものばかりである。あるものは洗濯物が干してあったり、あるものは縁側におばあちゃんが座っていたり・・・。ただ単に存在するだけでなく、どれもがいまだに家として現役なのである。


 まずは白川神社にある「どぶろく祭りの館」に行った。村の盛大なお祭り「どぶろく祭り」はその名の通り、どぶろくの出来あがった頃に村全体で試飲をし、そして芸能を楽しむといった具合に、盛大に催されるようである。その資料が展示され、祭りの様子や茅葺きの葺き替えの様子が上映されてあり、けっこう見応えがあった。そして何より、そのどぶろくが頂けたのである。甘酒に強烈な酸味を加え、濃厚なアルコール度数に仕上げたような味だった。中身は濃いが量が少ない・・・、まあ御神酒だからしかたがないか・・・。これでいい気持ちになるまで飲もうなんて、罰当たりもはなはだしいもんね。


 次に村内を歩き回ったが、このころから観光客が増え始め、だんだんとあふれかえってくる。さすがに世界遺産だけのことはある。アクセスは大変なのに、すごい人気のようである。次に明善寺郷土資料館に行く。これは世界的にもめずらしい、合掌造りの寺院である。壮大な合掌造りの内部にまで入ることができ、階段を登って3階まで行った。中には昔ながらの機織り機や農具などがおさめられてあり、ほんとにタイムスリップした感覚である。板敷きの上に座り込み、3階の窓から外を眺めていた。時間がなんとなくゆっくりと過ぎていく感じである。人間毎日こんな生活ができたら、どんなにいいだろうなあ。子供が巣立ったら、是非ともこんな暮らしをしてみたいと思う。それまであと二十年の我慢か。先は長い・・・・・。

桜も満開でした。 明善寺
明善寺の3階より 城山展望台から見た白川郷



 最後に城山展望台に行く。狭いながらも一般公道なので、通るのに何の遠慮もいらないはずなのだが、観光客が大勢、さながら歩行者天国のように群がっているので、こっちが何か悪いことをしているかのような目で見られながら、バイクで展望台まで行く。そこからの眺めは絵葉書そのもので、村全体が眺望できる。こんなに絵になる村は、やはりほかにはないだろう。どぶろく羊羹を買って、土産とする。
 



 さて、この時点でちょうど12時だった。そろそろ帰路につかねばならない時間となってきた。実は昨日、およそ300kmの走行である。そして今日はこの時点で約100km走っている。単純に来た道を帰るとすれば、いまから400km走らねば家に着かないことになる。F氏と地図をにらめっこしてコースを考えるが、どこを通ってもかなりの距離である。最短と思われるコースで、決定したのは、白鳥町まで来た道を戻り、国道158号線で九頭竜湖沿いに越前大野にぬけ、そこから今庄・武生を通り、日本海岸を西に向かうのがよかろう、ということになった。こうなったらもうあとは走るだけである。荘川桜をもう一度目に焼き付け、蛭ヶ野高原でもう一度寒い思いをして、白鳥町にもどり、ひたすら九頭竜湖をめざす。これもまた大きなダム湖であった。セルシオを先頭に、車とバイク数台のグループが延々と走り続ける。ティラノザウルスの化石の発掘場所や、小京都越前大野など見所はたくさんあるのだが、またの機会とする。結局大野までラーメンを食うために停まった以外は走り詰めである。さすがに尻が痛くなってくる。だが考えてみると、かつてスズキのカタナ(GSX750S)に乗っていたときは、きつい前傾ポジションのため、腰・肩・尻・腕・足とあらゆるところが痛かったのに、どっかり座るCD90にはその辛さは無い。ちっちゃいエンジンなのに、遠くまで行こうという気になるのは、この楽ちんポジションによるところが大きいのだと思う。


 越前海岸にたどりつき、河野海岸有料道路を通る。さっきまで山ばっかりだったのに、いきなり海沿いに出る。ぼくは90円、F氏は620円。またもや原付の経済性が際だった瞬間である。やっとのことで敦賀に着く。ここで天ぷらソバを食って、再出発である。考えてみれば12時に白川郷を出て以来、2カ所ほど停まっただけで、走りっぱなしである。体力の方もだが、我が愛するシデ子ちゃん(CD子ちゃん)も、よく頑張ってくれている。 だが、これから27号線で、美浜・三方・上中・小浜・大飯・高浜・舞鶴といった各市を通るのかと思うとぞ〜〜っとする。


 そのあたりのことは省略して、舞鶴に着いたのが7時であった。もう完全に日が沈んでしまった。ここからまだ100km近くある。F氏は姫路だから、それよりまだ遠い。いったい何時にたどり着くのだろうか? やっぱりこんな時には、高速道路を走れるバイクがうらやましい。そういえば今回のツーリングでやたら多くのバイクを見かけた。それがことごとく大型車ばかりである。琵琶湖沿いの湖岸道路ではカワサキの1100ccをはじめ、大型車数台のグループと一緒に走ることになるし、蛭ヶ野高原ではモトグッチやビモータなどといったそうそうたる高級車と一緒になるし、白川合掌村ではなんとGL GOLDWINGの軍団と駐車場で一緒になるし・・・。同じHONDAでも、月とスッポンである。 否が応でもヒクツにならざるを得ない。登りの峠になったとたんにF氏はぶち抜いていきよるし・・・・。『バイクはスピードだけじゃない』という言葉がむなしく響く・・・・。


 10時過ぎに無事我が家に到着した。今回の総走行距離は800km。90ccで一泊二日で行く距離じゃないね。翌日は、朝寝・昼寝、そして夜も早々に寝てしまった。





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