はるかなる大地 北海道


 4月の半ばに『BIKE de Hokkaido』のニコラスさんからメールをいただき、相互リンクをさせていただいた。それ以降、いろいろと交流させてもらっているが、このたび北海道リンクなるものを完成された。さっそくおじゃまさせてもらったが、まずそのリンクの数の多さに圧倒され、大変な労力を注ぎ込まれたことが、一目でわかるほどだった。まさに圧巻である。

   http://www.izumi-ku.com/tatsujin/bike/top.htm

 そこであちこちとのぞかせてもらっているうちに、体の中に眠っていた虫がモゾモゾとどうしようもないほど激しく蠢きだしてしまった。 私は今までに北海道には4回訪れたことがある。鉄道での旅が1回、バイクツーリングが2回、そして飛行機でのスキーツアーが1回である。スキーは3泊と短かったが、それ以外は一度北海道に足を踏み入れたら、最低でも2週間は旅をしていた。つまり全部でおよそ60泊ぐらいになるのであろうか・・・。




 最初に訪れたときは大学の1回生の時だった。 当時、なぜか体育会の空手道部というとんでもないところに入部してしまい、毎日雑巾のような道衣を着て、厳しい練習に耐えていたのであった。その頃にはまだまだ厳しい上下関係が残っており、4回生が神様、3回生が人間、2回生が奴隷、1回生はゴミという感覚がまだまだまかり通っていた時代であった。まあ、そこまでうちの空手道部はすさまじくはなかったが、やはりそれなりには厳しかった。特に夏の合宿ではシゴキともいえる練習メニューが組まれ、合宿先まで御親切にOBの方々がいらっしゃって1回生をシゴイてくださるのである。 私らの一つ上の先輩方が1回生のときはそれはもうすさまじかったようで、それに懲りた現役が、いくらなんでも北海道まではOBも来られはしないだろうということで、夏合宿は北海道と決定したのである。1981年のことであった・・・・・。


 予定通り誰1人としてOBは来なくて、厳しい練習ではあったが、ある意味で充実した練習期間でもあった。今から思えば、という条件付きだが・・・。そしてその後は現地解散で、北海道観光に切り替わった。 だが、練習が終了し、さあ今日から遊ぶぞ〜というその日になって、なんと台風がやってきたのである。8月始めの台風としては観測史上初ということらしく、おまけにその勢力はすっさまじいもので、あの石狩川が氾濫し、札幌から出る列車はことごとく寸断されてしまい、完全に札幌に閉じこめられてしまったのである。結局3日間、札幌駅で足止めを喰らい、行くに行かれない帰るに帰れない状態になってしまっていた。札幌をうろうろするしかすることがなかったのだが、当時札幌の暴走族はびっくりするほどで、何百台という改造車が走り回っており、まともな車はタクシーだけで、あとは全部暴走族といった状態であった。


 なんとか旭川につながる代替えバスが通ったのが3日後で、それからやっと道東を中心とした観光旅行ができ
たのであった。



 次に訪れたのが2年後で、スズキGSX250Eというバイクでツーリングである。 友人と3人で北海道をほぼ1周した。礼文島では当時キチガイユースとして有名だった桃岩荘で、洗脳されたかのように歌って踊りまくり、愛とロマンの8時間コースというような名前だったか、同じ宿泊者と島内を散策した。またオホーツクを眺めながら延々と稚内からサロマ湖まではしり、そこで海水浴もした。また知床ではカムイワッカの滝をはじめ、乙女の涙、男の涙といった壮大な滝をめぐり、釣り船に乗って知床半島の先端まで散策し、帰りは釣った魚をその場でさばいてくれたのをパクつき、小さな魚は頭の上で振り回すとカモメがすれすれまで近寄ってきて、ぱくっと食っていくのは信じられない光景であった。あの船長さん、エラそうなくちぶりの人だったが、どうしてるのかな?そういえばあのころ、とらべるまんの北海道という冊子が出回っており、いろいろと穴場を紹介してあったが、今はどうなっていることやら。


 その次はkawasaki GPZ750R で、今度はソロでツーリングにやってきた。なんと本州を一切高速道路を使わずに陸走していったのである。初日に700キロ走り、新潟駅のベンチで宿泊し、次の日は600キロ走って大間からの最短距離だけをフェリーに乗って北海道に入ったのである。このときはもう勤めていた。今考えるとよくやったものである。今ならなかなかそんなに休暇を取っていくことは、とうていできそうにもない。若かったのかなあ。時計をはずし、時間という束縛から一切解き放たれた、完全に自由な境地を楽しんだ。宿ももちろん決めてはいないし、当時はテントも持っていなかった。ブルーシートとシュラフだけでさまよったのである。このときもおよそ20日間北海道をすみからすみまで楽しんできた。


 もう限界である。20年前のことがありありと蘇ってきた。もう行くしかない! といった感じになってしまった。心はたかぶっている。だがふと横を見ると、スヤスヤと寝息を立てている3匹の子豚どもと、天下太平そうに大いびきをかいている母豚の姿がある。こんどは車でキャンプ道具一式を積み込んで、そしてこのサイトで宿を始めいろいろと下調べをして、この4人をひき連れて出発しようと思う。


 でも今年の夏は無理だろうなあ。せめて一番下の子が、オムツがとれるようにならなくては・・・・。それまではこのサイトで、バーチャルでの北海道旅行を楽しもうっと・・・。
ニコラスさん、さらなる発展を期待しておりますよ。


               



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