歴史と紅葉の里、京都鞍馬へ

 


11月23日(土)  勤労感謝の日             

 


 今日は勤労感謝の日。文字通り解釈すれば、普段一生懸命に働いている人が感謝される日である。だからストレスの多いこのご時世に頑張っているお父さんは、せめて「ありがとう」の一言ぐらい言ってもらってもよい日である。しかるに我が家においては、そのような一般的常識は全く通用しない。それゆえに一世を風靡した使い古された表現ではあるが、『自分で自分を褒めてあげたい』と思った私は、この日はF氏と共にひとときのやすらぎを求めて旅立ったのである。


 行き先は京都の鞍馬である。関西屈指の紅葉の名所であり、そこまでのコースがこれまた国道477号線という国道というよりも『酷道』というのがふさわしいような、すばらしい(?)行程である。愛車CD90にとっては過酷な道のりではあるが、近場での日帰りコースを設定した。


 『鞍馬寺』といえば源義経である。 1159年平治の乱に敗れた源義朝の第九男で、のちにイイクニ(1192年)作ろう鎌倉幕府、で有名な源頼朝の弟である義経は、そのときはまだ乳飲み子だったらしい。殺される寸前のところを平清盛の母親の慈悲によって助けられ、この鞍馬寺にあずけられたということである。母親は常盤御前という絶世の美女だったらしく、この義経もまた、紅顔の美少年だったそうだ。その義経に、夜な夜な出没した天狗が剣術を教えたという。おそらく源氏の残党だと思われるが、その修行を積んだのちに、京都の五条の橋の上で、武蔵坊弁慶と出あう。弁慶は橋を通るものに勝負を挑んでは、相手の刀剣を奪い取っていたらしいが、999本を収集し、ついに後一本というときに義経と遭遇した。天狗に鍛えられた義経は弁慶を軽くあしらい、ここで主従の関係を結ぶ。弁慶はそののち衣川で立ち往生するまで、ずっと忠節を尽くしたという。


 その後、平家滅亡に絶大なる功績を挙げながらも、兄頼朝と不和になり、ついに奥州の平泉で頼朝の命を受けた藤原泰衡に攻められ自害する。滅びゆくものへの同情からか、海を渡ってジンギスカンになったという話がつくられるほど、日本人気質に響くような生涯を送った人である。それゆえ義経の役職から、『判官贔屓』なる言葉も生まれたということである。


 今回はその義経にふれる旅とする。なんて偉そうな知識人ぶったことを言ってはいるが、なんのことはない。本当はただ職場を忘れ、家庭の喧噪から離れて遊びたいだけなんだけどね。


 朝9時に中国道の滝野社インターで待ち合わす。昨日F氏は飲み会だったらしく、やや遅めの出発となった。まず最初に三草山の麓を通過する。ここは源平の古戦場で、ここに待機していた平家軍を奇襲攻撃して勝利をおさめた義経は、そのまま現在の神戸の鵯越に向かい、一ノ谷の戦いに臨むことになる。この山はかつて3度ほど登ったことがあるが、小高い山ではあるが結構しんどかったなあと記憶している。 考えてみれば、今回のコースは、途中まではかつて義経が平家を追って西国へ向かったその逆コースをたどることになる。京都から亀岡を通り、湯ノ花温泉あたりを経由して篠山や播州を越えて一ノ谷に向かったそうだから、亀岡まではその道である。そう思えばその山並みなどにも親しみを覚える。かつて命をかけて戦った人々が見た山と、今見てる山とはほとんどかわらないだろう。人は変わり村や田畑や道は変わっただろうけど、手が加わってない山だけはきっと同じ姿だったんだろうなあ、と思うと壮大なロマンを感じるのは、ただ単に単純なだけか・・・。


 篠山市にはいると『小枕』という地名の交差点があった。ここも義経のゆかりの地らしく、義経を歓迎した村人に感謝した義経が、駒の鞍を授けたらしい。それで『駒鞍』が『小枕』とかわったけれども、地名として残っているとのことである。いまは2車線の国道372号線であるが、当時はどのあたりを通っていたのか・・・。


 その後順調に亀岡までたどり着き、八木町からいよいよ国道477号線にはいる。山間部にはいるやいなや、もうとんでもない道である。1.5車線のブラインドコーナーが連続する山道である。カーブにはミラーはあるもののつっこんでいって対向車があれば、間違い無しに正面衝突である。北山杉の林の中を通り過ぎるのだが、路肩が弱くなっていたりしており、崖から落ちても杉の木で止まるだろうから崖下までは落ちないだろうけど、逆にいえば杉の木に激突するわけである。どっちがましなのかは、単純には答えは出せない。ひたすら対向車を気にしながら、右に左に、せまっくるしいコーナーを駆け抜ける。ところがどうも今回は、我がCD90は快調とはいいがたい。どうもエンジンの吹け上がりが悪い。最近ほったらかしでろくに整備もしてないから、調子を崩しているのかもしれない。そういえばオイルも替えてなかったな……。まあ帰ったらいたわってやろう、と思いつつもアクセルは絶えずワイドにオープンしている。そんな調子で、京北町の周山をめざす。


 京都のライダーにとって、「周山街道」というのは最高のツーリングコースである。滋賀県にいた頃の友人が、「周山に行って来る」、と熱っぽく語っていたことが思い出される。ライダーにとっては憧れのコースのようである。その周山を抜け、さらに東へと進路をとり、国道477号線を進む。といっても狭苦しい民家の中を通ったり、右も左もそのまま消えてしまいそうな分かれ道になったりして、国道なんて呼ぶにはとんでもない道である。標識も整備されてはおらず、消えてしまったのではないかと思われるところが何度もあった。とりあえずやっとの事で鞍馬寺の山門にたどり着く。


 まずは山門のすぐ横に単車を止める。やっぱりバイクはこの面で便利ですねぇ。紅葉のピークは過ぎてはいるものの、やはり観光客が多く、駐車場は満車になっている。CD90にはそんな心配は全くない。山門に直づけにして、防寒具を脱ぎ、ヘルメットのかわりに帽子をかぶり、観光モードに切り替える。しばしCD90とはお別れである。200円の入山料を払い、本堂までの参道を登っていく。 紅葉はあらかた散ってしまっていたけれども、ところどころ、まだまだみごとなところも残っていた。本殿を参拝した後、さらに奥の院をめざす。


 本殿自体は確かに立派なものではあるが、奥の院の方が魅力的である。でも何となく不気味な感じがした。『クマやマムシに注意』とか『女性の一人歩きは気をつけましょう』とか書かれてあったが、それよりも奥の院の入り口自体がなんというか、この世とあの世との境界のような雰囲気で、ちょっとためらわれた。でもここから先が、一番いいところである。日頃の運動不足がもろに出て、ヒーヒーいいながら、登っていった。途中、若い女性と多くであったが、こんな場所で出会う女性は、なぜか品があるように見えてしまうのは偏見か? 熱心に案内板を読んでいた女性の横顔は、とても魅力的であった。

さすが鞍馬の紅葉! きれいでしょ。 鞍馬寺 本堂 これより奥の院……。不気味!
義経が稽古した木の根道 僧正ヶ谷 不動堂 魂がもどったとされる義経堂



 この奥の院コースには、義経が喉をうるおしたという「息つぎの水」や、奥州へ旅立つときに名残を惜しんで背を比べたという「背比べ石」など、義経ゆかりのものがたくさんある。そして一番高いところには「木の根道」があり、ここで牛若丸(義経の幼名)が稽古をしたらしい。そりゃこんなところで稽古をしたら、足腰のバネとバランスは鍛えられるだろうね。


 その後下りにさしかかると「義経堂」や鞍馬天狗と出会ったという「僧正ヶ谷」、奥の院「魔王殿」などがあった。極相林という案内板があったが、うっそうとしていて昼でも暗い山道である。 魔王殿などといった名前も、いかにも、といった感じの不気味さをただよわせていた。


 そうこうしているうちに、下山して貴船神社にたどり着いた。夏場は川床料理で有名なところである。 一度こんなところで優雅な食事をしてみたいものである。まあ、財布が許さないけど……。 貴船神社には軽く参拝して、叡山電鉄の貴船口の駅まで歩く。行楽シーズンなので、小さな駅が人であふれている。 鞍馬までの一区間を200円払って乗車する。


 鞍馬駅までもどり、土産物屋できつねうどんを食べる。そしていかにも京都らしいまんじゅうと木の芽煮と、子供に天狗のお面を買うことにする。やはり最低限の義理だけは果たしておかないと、今後のツーリングや釣行に差し支えるからね・・・。 事実5歳の娘は昨日の夜、「お父さんだけ明日楽しいことがあっていいわね〜。」とまるで中年のご婦人のような嫌みたっぷりの口調で、チクチクと一人で遊びに行くオヤジを責めるようになった。末恐ろしい奴である。

奥の院 魔王堂 貴船神社
叡山電鉄・・・これにて鞍馬へ 鞍馬駅前の大天狗



 この時点で午後4時であった。今は日が短く、5時を過ぎれば真っ暗である。日没までの1時間で、極力距離を稼ぎたいと考え、快調にとばす。コースは京都産業大学の近くから雲ヶ畑をぬけ、持越峠をこえて、周山街道に合流し、あとは行きに通った道を戻る予定である。この辺りはもう秘境である。おそらく渓流魚が生息しているのではなかろうか? それほど奥深い山々である。一瞬、紀伊半島の秘境部か四国の439号線(通称ヨサク)を通ってるのでは、といった錯覚におちいる。京北町から八木町に向かう頃にはもうとっぷりと日は沈んでいた。真っ暗な一車線道路はかえって走りやすい。はるかかなたから対向車が来るのがわかるからね。といっても、対向車がやってきたのは、ほんの僅かだけだったが・・・。決して一人で夜中には通りたくない道である。篠山市でF氏と別れ、帰途につく。もう寒くて寒くて・・・・。凍えるような冷え込みであった。


 その冷えた体をゆっくりと湯船で暖める。ああ極楽極楽・・・と思いきや、3人のガキどもがどやどやと入ってきて風呂の中でお湯のかけっこが始まった。余韻にひたるまもなく、またまた喧噪の現実に戻ったのであった。京都の秘境の静寂と我が家の喧噪……。


自分で自分を癒してあげた勤労感謝の日は、こうして終わったのである・・・・・。

 



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