丹後半島 伊根の舟屋


 天高く馬肥ゆる秋。おそらく一年で一番季候のいい頃であろう。バイク乗りにとっては、絶対にはずすことのできないシーズンである。空は抜けるように青いし、暑からず寒からず…。 山間部では紅葉もチラホラと見られるし、食べるものも旨い。誘われるがごとくに、日本海へと旅だった。


 今回の目的地は、丹後半島の伊根である。全国的にも珍しい『舟屋』で有名なところである。寅さんや釣りバカのロケ地にもなっており、誰もが名前ぐらいは聞いたことがあるところである。

 だが私は知らない。丹後半島自体は一周したことはあるのだが、もう昔の話で、当時の私は舟屋なるものを知らなかった。だから通過したことはあったが、ただの漁村といった思い出しかなく、もちろん海からの風景は知らない。だから道側から見ただけの、ただの狭っくるしい漁村というイメージしかなかった。 そこで今回の目的は、遊覧船に乗って海から舟屋を見ることと、伊根湾の幸をいただくことに設定した。




 10月18日の朝、F氏との待ち合わせ場所である兵庫県但馬地方の一本柳という交差点に向かう。 ここは姫路方面からの国道312号線と、京都と山陰を結ぶ国道9号線が交わる地点である。 その交差点のドライブインで待ち合わせた。


 当日、丹波地方はすごいで、全身がしっとりと濡れてくる。このあたりは地形的に霧が発生しやすいところのようで、一種の名物らしい。だが霧が多い日は天気がいいということなので、そのうち爽快な秋晴れになるだろうと思いながら、国道176号線を疾走する。といっても愛車は我がCD90。疾走と言うにはほど遠いスピードではあるが、私にとっては快適な走行である。


 今回同行のF氏は、1週間ほど前から体調がすぐれず、本当はテントでの泊付きツーリングのはずだったのだが、無理は禁物ということで、近場で日帰りということを強く主張していた。 お互い十代の頃からのつきあいで、雨が降ろうが槍が降ろうが、バイクを乗り回していた仲間であるが、お互い今はもう四十路である。まあ、ほどほどにしときまひょか、ということで、今回のコースになった。


 会って聞いてみると、どうやら昨日は体調がすぐれず、仕事を欠勤した様子である。そして今日のために体力を温存し、明日の日曜日は体力を回復するために休養する予定だそうである。やっぱりどこかおかしな奴である。まあ、昔からのことではあるが…。




 出石経由で但東町を抜け、京都府野田川町を通り宮津へと向かう。 秋晴れの中、のどかな田舎道を淡々と走るのは快適そのものである。もちろん渋滞や信号待ちなどといったストレスを感じさせるものは皆無である。順調に宮津に着く。そして天橋立を横目に見て、伊根町を目指す。海もおだやかで、ますますツーリング気分も高まってくる。


 そうこうしているうちに、伊根町にたどりつき、遊覧船の船着き場にバイクを停める。まずは今回の目的の1つ目である伊根湾遊覧である。料金は660円で、およそ30分の湾内巡りである。運良くすぐに乗れて出船した。船内にはかっぱえびせんが100円で売られていたが、なんとこれは鳥のエサ用である。出船すると同時にカモメトンビが群がってきて、このえびせんを海にまくと、つい手の届きそうなところまでやってくるのである。 餌付けされた鳥たちは、人を恐れることなく群がってくる。その様子は壮観であった。


 湾内には養殖イカダがあちこちに設置されてあり、海洋釣り堀もあった。 このあたりは水深があり、小さな入り江なのに、かつては鯨も入り込み100隻を越える船団で捕らえたということである。またブリのよい漁場で、富山の『氷見ブリ』と並び、『伊根ブリ』は高級ブランドであるらしい。


 青島や亀島をみながら船はゆっくりと遊覧するが、その途中には、昔の舟屋を復元したものがあった。 かつては藁葺きの船のガレージを兼ね備えたものであったらしい。そして陸上の道が整備されていないために、海が道路の役割を果たし、実質的には海に向けての玄関も兼ね備えていたようである。 そして船から見た現在の舟屋は、およそ230軒にのぼるそうで、海に面してぎっしりと立ち並ぶさまは、やはり有名なだけあって迫力のあるものであった。船内にもプライバシー保護のため双眼鏡での見物禁止と書かれてあったが、ただ単に保存されているだけの文化財などと違って、現役バリバリの生活空間なのである。 海に面して洗濯物が干してあったり窓から人影が見えたりする舟屋もあった。年中海がおだやかで干満も少ないということだが、素人目にはほんとに大丈夫なのかな?と思ってしまう造りである。嵐や津波の時はすぐに海に流されてしまいそうに思うのだが…。 快適な30分の遊覧船観光の後、次の目的へと向かう。


遊覧船に群がる鳥たち 明治時代の舟屋(復元)
舟屋…230軒もあり、圧巻! 刺身定食1200円也。(兵四楼)


 もちろん次は『食』である。あらかじめ3軒ほど下調べをしておいたのだが、今日の昼食は『兵四楼』という店で刺身定食にした。ひらまさ・たい・いかの刺身をメインにいろいろとついている。やはり本場の刺身だね。口の中でとろける感触に、おもわず顔がにやけてしまう。今回はそれに当店自慢と書かれていた『へしこ寿司』を追加する。


 かつて水上勉の文章で印象的だったのだが、自分の幼い頃を振り返り、 「海にも近かったぼくらの生家では、鯛、ぐじ、かれいの類の上等な魚は、頭の上を通って京、大阪の金持ちの家の食卓にはこばれて、若狭の者は猫もまたぎかねない鰯か、鯖の売れのこりを、漬物にして、へしことよんで喰い、これを冬も貯蔵して、弁当のサイにしたのである。だから、上等の魚を喰える身になろうと立身出世をあせったのだった。」というのがあった。たしかにもとは貧しさゆえに生まれた食品かもしれないが、魚の本当のうまさを知っているのは漁師と釣り人である。その人々が食べていたものなのだから、決してまずいはずはない。 金額の大小が、本当の価値の尺度になるとはかぎらないのである。事実、へしこを握り、ねぎとショウガをのせたその寿司は、やや塩味がきついものの、絶品であった。みやげにへしこを買って帰る。(あいかわらず単純やなあ、我ながら…。)


 食事に満足した後は、腹ごなしにまたまたバイクを飛ばす。丹後半島まで来たからには、やはりを極めなければならない。これはバイク乗りの変な習性である。どうも端っこを極めたいとか、一周まわってみたいとかいう気持ちがとりわけ強いように思われる。よって、経ヶ岬灯台に立ち寄る。なかなか地図のように、ここが先端だ、というとがった岬は少ないが、ここも駐車場の片隅から、ちょっぴり灯台の姿が見えるだけだった。


 この後、丹後半島縦貫林道に入る。林道と言ってもすべて舗装路の快適なワインディングロードで、丹後半島最高所を延々と走る。途中には碇高原総合牧場や森林公園スイス村、世屋高原家族旅行村などが整備されていた。ただ昼食直後なので、牧場のステーキなどには心が動かされなかったのと、どことなく箱物を作ったもののさびれてしまっているかのような気がしたので、ほとんど立ち寄らなかった。特に家族旅行村などは、閉鎖されているかのような感じだった。もし間違っていればゴメンナサイ。丹後半島で最も標高の高い太鼓山の風力発電所の巨大風車群は、初めて見たときには圧巻であったが…。


経ヶ岬の灯台(駐車場の片隅より) 巨大な風車群(太鼓山)


 林道を抜けてから天橋立付近で、職場と家族に、一応、形だけの土産を買い込んで帰路に就く。次回の遊びをできるだけスムーズに運ぶための必要経費である。これをケチると余計な波風が立ち、結果的には自分の首を絞めることになるので、絶対に欠かすことはできないものである。


 福知山近辺で姫路に向かうF氏と分かれ、自宅までノンストップで帰る。頭の中にはもう次回のことが描かれている。次回の丹後半島は『丹後の味覚をたずねて』にしよう。さぞかし『伊根ブリ』のブリシャブは旨いだろうな…。もちろん間人ガニは言うまでもない。そんなことを考えながら家路につく。秋はつるべ落としである。帰ったときには、もうすでに真っ暗になっていた。
                                                    (2003.10.18)


               



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