城 の 崎 に て

精進料理ツアー





 「山の手線の電車に跳ね飛ばされてけがをした、その後養生に、一人で但馬の城崎温泉へ出かけた。背中の傷が脊椎カリエスになれば致命傷になりかねないが、そんなことはあるまいと医者に言われた。二、三年で出なければ後は心配いらない、とにかく要心は肝心だからと言われて、それで来た。三週間以上、我慢できたら五週間くらいいたいものだと考えて来た。(志賀直哉・城の崎にて) 城崎温泉は、兵庫県北部の旧但馬の国にある温泉である。冒頭のように、小説の舞台にもなっている。今回のツーリングはこのあたりをさまようことにした。

 「日頃の不摂生が祟り、人間ドックで注意を促された。その結果を受けて、F氏と二人で城崎温泉へ出かけた。肝臓の数値と血糖値がこれ以上あがれば致命的な症状になりかねないが、まあ酒と体重を減らせばそんなことはあるまいと医者に言われた。体重を10キロ落とし、休肝日を週に2日以上確保し、二、三年後の検査で出なければ後は心配いらない、とにかく要心は肝心だからと言われて、それで来た。もし許されるならば、三週間以上、できることなら五週間以上いたいものだと考えて来た・・・・・。そんなもん、許されっかい! 五週間も仕事を休んだらクビが飛ぶわい! せいぜい日帰りのツーリングが関の山であった・・・・。」



 朝9時に和田山で待ち合わす。ドックの結果が頭をかすめているので、缶コーヒーはやめてお茶を飲んでいるとF氏がやってきた。適当にコースを打ち合わせた後、出石へと向かう。出石は兵庫県北部の小京都で、かつて山陰を支配した山名氏の有子山城の麓に広がる落ち着いた町である。そして特筆すべきなのが、出石の皿蕎麦である。およそ50件ほどもあるそば屋が、小さな古い町にひしめいている。 
 
 まず出石城跡へ登る。折しも秋祭が行われており、このときはそれぞれの地区ごとの子供御輿が勢揃いしたところであった。赤や青の色鮮やかなはっぴを着た子供たちが、目を輝かして祭を楽しんでいる。言葉は悪いが田舎の子供は元気である。普段うちのマンションで見かける子供たちとは身のこなしや目の輝きがなんとなく違うのである。やっぱり伝統的な行事が行われているところには、人間的なリズムが存在しているのかも知れない。

 高所の城跡からその様子を眺めた後、名物の皿蕎麦を食べに行く。今回訪れたのは「よしむら」というこぢんまりとした店である。観光客用の駐車場のおばさんに聞いたところ、立場上どこの店とは言えないが、小さなこぢんまりとした店の方がおいしいよということなので、そこに決めたのである。こぢんまりしたところは他にもいっぱいあるが、ここは桂小五郎がかつて潜伏したところのすぐ横だったのでたまたまそこに決めただけである。でもあとで知ったのだが、出石では2番目に古い老舗だそうで、しっかりとした腰のある蕎麦は香りもよく、非常にうまかった。10時半頃、開店早々に入ったのだが、瞬く間に客が一杯になったのでおそらく有名な店なんだろうと思う。もちろん追加注文して、満腹となる。

出石の秋祭り 出石城より望む


 次に城崎温泉へ行く。ここは七湯巡りが売り物で、七つの外湯がある。今日は日帰りなのでそのうちの一つに入るつもりだが、あれこれ迷ったあげく、一番奥の鴻の湯に決めた。城崎温泉には今まで何度も訪れているが、ここは学生の頃よく来たことがあったので、当時を思い出し、ここに決めたのである。

 当時私とF氏は某大学の空手道部に属しており、来る日も来る日も厳しい稽古に耐え、の汗を流していたのであった・・・・・。(それほど熱心にやっていたら、モノになっただろうなぁ・・・) ある土曜日、練習が終わった後なにげなく「温泉に浸かりたいなあ」と言ったことがきっかけで、「今から行こう!」ということになってしまい、わざわざ神戸から日本海の城崎まで銭湯代わりにバイクを走らせたことがあった。もうとっぷり日も暮れていたが、そこは時間と体力を持て余している頃である。若さゆえの無謀さがなせるわざで、練習後の疲れた身体を城崎温泉で癒すという、とんでもない贅沢をしてしまった。

 ただその無謀さのおかげで「行きはよいよい帰りは怖い」になってしまった。季節は晩秋、日本海側は瀬戸内側よりもはるかに冷え込む。練習の後の普段着のままで飛び出し、ろくな装備もしていない。おまけに雪もちらつき、温泉で暖めた体は一瞬のうちに芯まで冷え切ってしまった。どうにも耐えきれないので、途中で食べた回転寿司屋で古新聞をもらい、体中に巻き付けて防寒して帰ったことを記憶している。ホンマにアホやったなあ・・・・。

 当時は外湯の中で、唯一露天風呂を備えていたのでここにはよく行ったものだが、それから次々と村おこしのための温泉施設が各地に設けられ、それに慣れきった今となっては、鴻の湯ってこんなにちっちゃかったかなあと思うほど、自分の中のイメージより貧弱であった・・・・。ちょっと寂しい感じがした。でもおかげで先ほど腹一杯食べた蕎麦は、あっというまに消化されてしまったようである。

 このあとは日和山から西へ、海岸線のワインディングロードを流す。雨男二人にしては珍しくいい天気である。海も穏やかで、爽快である。香住の市場に立ち寄って、そこから矢田川沿いを国道9号線に向けて走る。とちゅう矢田川温泉なる施設もできていた。どんどん変わっていくものである。ここはパスして通過した。そしてしばらく行くと香住鶴という地酒の販売所ができていた。これまた新しく小ぎれいな施設である。ここはパスせず立ち寄った。やはり地酒と聞いたら黙って見過ごすことはできない。一応ハンドルを握っているので試飲は控え、土産だけを買う。そこの特産の奈良漬けとわさび漬けも買った。これで鬼ヨメへの義理も果たせただろう。そしてここを立ち去り、バイクを走らせる。

  しばらく行くと、「道の駅矢田川」という施設ができていた。出石の蕎麦なんてもうとっくに消え失せてしまっている。腹ぺこなので、ここで何か食べることにする。釜飯が特産らしいのだが、「鮎釜飯」にするか「カニ釜飯」にするか、それとも「天然マイタケ釜飯」にするかで迷う。う〜ん、これは難しい・・・。鮎はこのあたりの特産である。うまいだろうなあ。カニといってもここのカニは川のカニ、いわゆるモクズカニだそうである。聞くところによると、あの有名な上海カニの仲間である。これまたうまいだろうし、滅多に食えるモンじゃないしなあ。天然マイタケというのも捨てがたい。なんせキノコだけは自分で判断できないから、天然物なんてこれまた滅多に口に入らないし・・・・。とさんざん迷ったあげく、マイタケ釜飯に決定した。ギリギリまで迷ったあげく、最終的な選考基準となったのは、これだけが動物性の食品でないという理由である。やはり頭の片隅にはこのあいだの人間ドックの結果がちらついているのだろうか。どうもいかん、決断力が鈍ってしまっているようだ。うまかったから、結果的にはいい判断だったのだが、どうもいかんなあ・・・・。

向こうに見えるのは辰鼓楼 道の駅 矢田川 にて


 まあともかく腹ごしらえをして、9号線に出る。そして小代に向かう。実はこの地域ではスッポンを養殖しており、赤ちゃんスッポンを販売していたのである。たまたまネットで見かけたのだが、その話を娘にすると、なにがなんでも欲しいと言ってきかない。あのイモリとじゃれあって遊ぶ娘だから仕方がないかもしれないが、けったいなものを飼いたがる娘である。まあ私も興味津々だから、他の家族の反対を押し切って飼うことにしていた。それをもらいに行くのである。

 売ってもらったスッポンは500円玉ぐらいの赤ちゃんだが、3匹を小さなケースに入れてもらった途端、すさまじい喧嘩を始めた。甲羅やクビに噛みついたと思うとそのクビをギューッと伸ばして噛みつき返す。ちっちゃいくせに、なんとも凄まじい。やはり凶暴なカメである。そしてそのまま持ってかえっても大丈夫だという。水も入ってないケースなのに、ほんまかいなと思うが、言われたとおりそのままバイクに積み込む。やはりこのあたりがスッポンの生命力というか精力というか、昔から食べれば精がつくといわれているゆえんであろう。

我が家の新入り 「スッポン3兄弟」


 その後、神鍋高原を経由し、円山川の右岸道路を通り、一本柳の交差点でF氏と別れ帰宅する。今回は安・近・短コースであったが、それなりに十分楽しめた。何度も行ったことがあるところも多いが、やはり刻々と変化しており、同じ道でも通るたびに姿を変えていく。そしてそこを訪れる自分自身も確実に変化している・・・・。今度来るときは、私もこの地も、お互いどのように変わっているのだろうか。

 今回のツーリングは、「精進料理ツアー」と名付けておこう・・・・。もちろんスッポンは食うためではございませんので、勘違いをなされませんように。ちなみに3〜4年後が食べ頃らしいが・・・・・。


 



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