『剣山スーパー林道』と『しまなみ海道』をたずねて


2000年 8月27日(日)〜8月29日(火)


第1日目(8月27日)

 世の中にはスーパーカブやスクーターで日本一周したり、林道を走り回っているという冒険家が いると聞く。『何を好んで』と言う人もいるだろうが、自分が楽しけりゃそれでいいんじゃないかなと思う。お仕着せのスタイルと組み合わせでなければならないとか、それなりのブランドでなければ恥ずかしい、なんてことは決してないはずである。他人の目なんかを気にするより、好きなことを好きなようにしたいものである。(とはいうものの、昔はRZV500にケニーレプリカをかぶることを夢見ていたが・・・。)


 まあ、前置きはともかく、愛車CD90で四国を、それも剣山スーパー林道としまなみ海道を走ろうという無謀きわまりない計画を立てた。『オフローダーの聖地』とされているスーパー林道を、ビジネスバイクで訪れようという、いわば聖地を泥足で踏みにじるかのような、とんでもない計画を考えたのである。



 朝5時に姫路のとある地点でF氏と待ち合わせ、国道2号線を西へ向かう。そもそも徳島に行くには淡路島経由で明石大橋と鳴戸大橋を渡ればすぐなのであるが、そこは原付の悲しいところで、高速道路は通れない。フェリーを使うにしても、明石と淡路島はつながっていても、その淡路島と四国を結ぶフェリーは今はないのである。かつてはこの航路はにぎわっており、何度か利用したことがあったが、今は原付には海を渡る手段がない。というわけで岡山の宇野港を目指し、ひたすら走り続ける。


 途中、岡山ブルーラインを通るが、ここでCD90についてあらためて2つのことを感じた。1つは最高速である。ふだんは下駄代わりの使い方しかしていないので気づかなかったが、結構出るのである。じわじわと最高速は伸び続け、80キロを超えた。これならF氏のSX200に迷惑かけることなく走れそうである。2つ目は料金である。ヘルメット越なのでよく聞こえなかったのではあるが、最初料金所のおっちゃんが『90・・・』と言うので、『そうや、90(cc)やで。』と言うと、『だから90・・・。』 と言うから、『そやから90ってゆうとるやろ。』と言うと『だから90円です。』とのこと・・・。岡山ブルーラインの通行料金は自動二輪が510。それに対して原付はなんと90。この料金設定はどんな根拠に基づくのだろうか?  どうであれ、財布にやさしいバイクであることが再認識された。



 順調に宇野港に到着し、高松に渡る。ここでも財布に優しいなあと感じる。F氏はやはり割に合わんなあ、という顔をしている。四国に入ってからは、まず193号線を脇町まで南下する。ここは『うだつの町並み』が保存されており、ちょっと立ち寄ってみる。もともとは防火設備らしいが、『うだつがあがらない』ということわざの通り、ある種の権力の象徴だったのかもしれない。立派に保存されていた。また藍染めの実演もされており、染めた瞬間は茶色だが、空気に触れた途端に色が変化していくのは初めて知った。


『うだつ』の街並み

スーパー林道起点







 その後192号線を東に向かう。このまままっすぐ南下すれば剣山スーパー林道の途中に出るらしいが、別に行き先に目的があるのではなく、スーパー林道自体が目的なのだから、どうせなら起点から終点を極めようという、アホなこだわりのために、徳島に向かう。地図だけで判断すると、せっかく2号線を西に向かったのに、また東へ逆戻りする、無駄な行程である。

 この道はあの河口堰で有名な吉野川に沿っており、夏の風物詩である鮎釣りの竿が、無数に並んでいた。徳島から小松島に向かい、ここから勝浦川沿いに山間部に入っていく。そして勝浦町・上勝町を通り、いよいよスーパー林道入り口となった。最終の店でラーメンや缶詰・ビール等を買い込み、ついに『聖地』に踏み込んだ。確か1時頃であった。店の人の話だと3時間もあれば通過できる、とのことなので、倍の時間をみても明るい内にぬけられるのは確実だと思い、それから今日の宿泊地をさがしても充分だと判断した。


 走り出してからも、たしかに未舗装ではあるがよく整備されており、快適であった。はなからとばすつもりはないし、とばせない。このバイクでは割り切ってとろとろ走れることが最大の長所なんだと思いながら、快調に走る。F氏もSXを気分良く走らせ、ちょっと離れては私を待っていてくれた。渓流沿いの九十九折れのダートは気持ちよく、ほかの単車や車もほとんどなく、快適そのものである。一番荒れていると聞いていた旭丸峠もなんなくこなし、そこでちょっと長めの休憩をとった。


つづら折れのスーパー林道

木沢村『徳島のヘソ』  (F氏と)






 まず冷たいビールで乾杯。しかしこの頃から『慣れ』と『油断』が生じ、畏敬の念を忘れかけていた。というよりナメてしまっていた。かつて、オンロードバイクにに荷物を満載して北海道のオロフレ峠を越えたり (当時は延々と続くダートであった。おまけにガスって視界が完全にとざされていた・・・・・。)、夜中に大雪山系のダートを何時間もかけてと通過したことがあったので、それに比べれば楽勝といった気になっていた。あとで強烈なしっぺ返しがくることを、このときは微塵も予想してはいなかった・・・・。


 その後いったん193号線に出て、再びスーパー林道の西コースに入る、ファガスの森というところで ちょっと休憩し、また走り出す。ここはキャンプもできたのだが、まだまだ日は高いし軽く林道を走り終えてから、今晩のことは考えようと思っていた。それどころかきれいな渓流があったのでちょっと竿を出してみて、今晩のおかずの一品にしようかな、などといった不埒なことも考えていた。そして川向峠を越えたとたん、その出来事は待っていたのであった。




  突然エンジンがガクガクッと音を立てた瞬間、止まってしまったのである。ちょっとオーバーヒート気味だったのでエンストしたかな? 程度にしか思ってなかったのだが、いくらキックしてもかからない。どうしたんだろうと思い、なにげなくエンジンに目をやるとエンジンからリヤホイールにかけてオイルが飛び散っている。あわててエンジン下をのぞき込むと、 ないのだ、ドレンボルトが・・・。当然オイルはすっからかんである。


 一瞬にして目の前が真っ暗になってしまった。よりによって、林道中の最高所でこんなトラブルに見舞われるとは・・・。もちろん予備のドレンボルトなんて持ってきてないし、オイルもない。 (もちろん、と堂々と言えるあたりが無謀そして無知丸出しなのだが) 

 エンジンが焼けてしまって、オシャカかもしれない。かつて名神高速で車のエンジンを焼き付かせてしまったことがあり、大変な目にあったことが脳裏をよぎる・・・。


 F氏とどないしょ、と悩んだあげく、まずはボルトを探してみようということで、てくてく歩きながら目を皿のようにしてわだちのあとを見つめていく。でも所詮それは無理な話で、よっぽど運が良くなければ見つけるのは不可能である。次に親切に通りがかった車の人が、木か何かで栓を作り、オイルを入れて応急処置をすれば、とアドバイスをしてくれた。木の栓をつくってテープを巻き付けてねじこんだが、肝心のオイルがない。SXのものをわけてもらおうとしたが、そのドレンボルトがゆるまないのだ。

 仕方がないので、なんとか街まで2人乗りで出かけ、バイク屋を探そうということになった。たまたまちょっと手前に林道からそれる道があったのを覚えていたので、その道をたよりにタンデムで 山を下りた。といってもその道は舗装はされてはいるものの、1車線の狭い道で、ちょっと運転を誤れば谷底の渓流に落ち込みそうな危険な道である。それを延々と下っていった。民家が現れるまでには相当な距離と時間が必要であった。


  やっと人里があらわれたが、バイク屋らしいものは皆無である。そのうち四季美谷温泉というのが目に入ったので、そこでバイク屋、もしくはガソリンスタンドでもあればと思い、尋ねてみた。すると親切に教えてくれるのだが、結論はこの近辺には全くないとのことである。さらにずっとずっと下ればガソリンスタンドはあるが、今日は日曜だから営業しているかどうかはわからないということであった。

 どこまで行くのかと聞かれたので、特にあてはないと答えると、まあ、学生さんは時間があるから明日に街まででかけて、修理してもらってから旅を続けたらいいよ、というような意味合いのことを言われた。 このオッサン2人が学生に見えるのかなあ。

 あまりに気楽そうな2人は、20歳も年齢を間違われたようである。


 とりあえずスタンドまで行ってみようかということで、さらに山を下りる。この頃にはすでに日没に近くなっていた。やっとのことでスタンドにたどりついたが、閉店であった。でもその建物の2階には明かりがついていたので強引に声をかけてみると、おばちゃんが出てきてくれた。そして事情を話したところ、オイルはあるが、ボルト類はないとのこと。がっかりするがとりあえず4輪用だがオイルを一缶売ってもらう。


 せっかくだからもうちょっと探そうということで、さらに足を延ばすと、交番があった。事情を話し、バイク屋を尋ねると、この近辺には一切無いということで、車屋が1件、村はずれにあるということを教えてもらったが、今日は休みだということであった。



 万策尽きたとはこのことで、もはやどうしようもない。SXのガソリンも心細くなってきた。とりあえず今日はあきらめて戻ろうということになったが、とっぷり日も暮れてしまったので、F氏と相談した結果、さっきの四季美谷温泉で空室があれば泊まろうということになった。もう疲れてしまっていた。

 今度は延々と来た道を戻る。単車歴は長いが、乗せてもらった経験はわずかである。どうも疲れる。自分で運転した方がよっぽど楽であった。やっと四季美谷温泉までもどって愕然とした。真っ暗なのである。確かに今日は日曜日で客は少ないかも知れないが、完全に閉め切って、明かり一つついていない。従業員も通いで、もう帰ってしまったのであろうか。


 とりあえず荷物一式と、動かないバイクを残してきているので、その地点まで戻る。もう真っ暗である。ヘッドライトが照らすところ以外、何も見えない。今からまた標高1500メートルぐらいまでタンデムで 戻るのかと思うと気が遠くなりそうであった。もどってみるとCD90はそのままの状態で主人を待っていた。



 さてこれからどうするかと考えたが、何にも見えない。荷物一式を草むらに隠しておいたが、忘れ物もしそうだし、第一、バイクが動かない。残された道は野宿だけ・・・・。たまたまヘアピンのところで、その内側は広場になっていた。ここでテントを張ることにした。ちいさなランタンだけを頼りに、適当にテントを張る。特に天候は心配なさそうだから、細かいことは気にせず、いい加減に張った。

 そして唯一の食料であるラーメンと缶詰で食事とする。もうすでに11時をまわっている。今日は疲れた。食事ももそこそこにテントに潜り込み、3秒後には眠っていた。

 

野 宿 地






第2日目(8月28日)



 早朝に目覚めたが、昨日のことが夢のようである。あるいは夢であって欲しい。でもこれは現実であった。まずはコーヒーを入れて、さて今日はどうしようかなと考える。根っから楽天的なところがあるのと、昨日ぐっすり眠ったおかげで『なんとかなるさ』と開き直っていた。この世で起こったことはこの世で解決できる。そう思っていた。



 とりあえず昨日の夜に走った道は、延々と坂道だったので、転がるところまで転がそうと、エンジンを切ったままで転がした。下りとはいえ、やはり所々登りもあるので汗だくになる。じっくり景色を見ながら押していったが、よく昨日は事故らなかったなあと思うような山道である。あるところは絶壁に面しており、またあるところは落石がたくさん転がっていた。

 かなり長い間押し続けたが、だんだんと下りがゆるくなってきたところで、もはやこれが限界かと思ったので、オイルを入れてエンジンをかけてみることにする。たまたま近くに落石注意の看板があったので、とっても申し訳ないとは思うのだが、ボルトを1本失敬してそれにテープを巻き付け、ドレンボルトの穴にねじ込んで応急処置をする。そして昨日買ってきたオイルを入れて、神に祈るような気持ちでキックした。


 CD90の一番の長所は、あの世界のスーパーカブのエンジンを流用しているところである。オイルが無くても走ったという、あまりに有名な伝説があるが、その伝説よ、いまよみがえれ、と思いつつキックする足に力を込める。 焼け付いていれば乗り捨てて電車で帰ることもやむをえない、とは思っていたが、万に一つの伝説を期待していた。すると祈りが通じたのか、キック一発で見事にエンジンがかかった。

 2人でやったぁ、と大騒ぎしながら、とりあえず行けるところまで行こうと走り始めた。絶対にエンジンに負担をかけないように、ギアは極力トップを使い、最高速は40キロ以下。これをかたくなに守り、だましだましで195号線を西へ走った。バイク屋どころか、民家も点々としかなく、ずっと不安を感じながら一定のスピードで流す。そして木頭村を通りかかったとき、『YAMAHA』の看板をついに見つけた。中にいたおじさんに事情を話すと、空き缶を出してきて、中から古びたねじを探し始めた。『これ、あうんじゃないか』と取り出したボルトをあわせてみると、ぴったりだった。そして、オイルもついでに2輪用のものを入れてもらって、ついにCD90は復活した。


 その後、40センチ級のアマゴの魚拓があったので、そこからアマゴの話や鮎漁の話(ここの主人は漁業組合の偉いさんらしい)になり、自分が自らの手でたてた家のことや農業の話、等色々な話を聞かせてもらった。旅先のことでこちらもうっかりしていたが、たしか岡田モータースさんというのではなかったか、ちゃんと名前を伺っておくのを忘れていたが、大変お世話になりました。




 それからバイクは絶好調で、がんがん走ってみたが、全く支障はなかった。物部村に入り、村おこし風のドライブインで休憩する。そこで、タケノコやこんにゃくを使った寿司を買って食べた。この地方の名産とのことである。考えてみると、朝から初めて口にするものだった。あまずっぱくて、さっぱりしていておいしかった。

 このまま高知へ向かい、伊野町から仁淀川沿いの国道194号線を走る。仁淀川は有名な四万十川に勝るとも劣らない清流で、雑誌にもよく紹介されている。たしか宮尾登美子の小説の舞台にもなっていたと思う。川漁師の舟が浮かんでおり、なんとも風情のある豊かな自然が残っていた。昨日から今日にかけてかなりのロスがあったので心なしかとばしてしまう。別にあてはないんだからなるようになったらいいんだけど、変な習性である。ちょうど四国を南から北に縦断することになるが、194号線を北上し寒風山に向かう。ここはかつては難所の峠だったらしいが、今はすばらしいトンネルで、おそらく無料のトンネルでは最も長いのではないだろうか。



 順調に快適に走り、西条にたどり着き今治を目指す。今晩の宿泊地も決めてはいないが、昨日が昨日だけに、今日はちょっと贅沢をしてみたいものである。昔は走ることが第一で、極力食費を切りつめてツーリングしたものだが、今の私にとっては、おいしい酒とおいしい料理はバイク以上に大好きで、せっかくここまで来たのだから、瀬戸内の幸を食いたいという欲望がめらめらと燃え立ってきたのであった。


 ついにしまなみ海道に乗ることになったが、事前の下調べがいい加減だったので、自動2輪と原付がまったく別の乗り口から入るとは知らなかった。そこで急遽、地図で目についた大三島の大山祇神社で待ち合わせることにして、F氏と別行動をとる。

 実はこの神社のことはあまり知らなかったのだが、日本最古の社で全国の国宝級の武具の8割以上を収蔵しているとのことである。また源義経ゆかりの武具もあった。そして太古の昔からのが生えており、樹齢は2600年といわれていた。見るからにおごそかな神社である。

 また古典文学の『大鏡』にもこの神社は出てきており、この神社の神様がわざと嵐を起こし、当時の有名な書家で、小野道風・藤原行成とともに、『三蹟』と言われた藤原佐理(すけまさ)を島に足止めして、自分の社の額を書かせたという話も残っている。


原付道入り口

多々良大橋


 このあたりで宿を探そうと思ったが、たまたますぐ近くに『さわき』という旅館があった。尋ねてみるとOKということなので、泊めてもらった。料理旅館ということだが、ぶっつけでの泊まりなので食事は無理かな、とも思ったが、用意できるということなので、お願いした。

 夕食にはなんと、の姿づくりに始まり、アコオ(キジハタ)の煮付け、チヌホタテ貝の宝楽焼き、チャリコの南蛮漬け、オコゼの唐揚げ、などなど、新鮮な魚介類を使った大胆な料理が食べきれないほど出てきた。昨日のインスタントラーメンとは大違いである。F氏は酒を一切やらないので、私は一人で飲んでいたが、ついつい杯を重ねてしまった。この日は気持ちよく熟睡する。






第3日目(8月29日)

 翌朝早くから大山祇神社に参拝し、無事を祈ってから出発する。境内はきれいに掃き清められていた。生口島の耕三寺、因島の水軍城を見て帰路につく。またまた別行動で橋を渡り、尾道で待ち合わせてから、今度は2号線を嫌になるほど東に走る。そういえば昔、ナナハンで九州に向かったとき、尾道で一泊したっけ、といったことが頭に浮かぶ。今はその逆をわずか90ccで走るのかと思うとうんざりする。でも今日は移動日と割り切って幹線道路を走っているのだから、そんなに苦痛でもない。淡々と走る。

 福山・倉敷・岡山をぬけ、またブルーラインを通り、姫路に到着する。昔から別れる時は、喫茶店でコーヒーを飲んでから別れることになっている。今回もその儀式を行ってから、それぞれの家路についた。家に到着したのは八時前だった。




 思わぬトラブルに見舞われ、一時は乗り捨てて電車で帰ってくることも覚悟していたが、最後はめでたしめでたしであった。CD90もよく走ってくれた。50ccのボディに90ccのエンジンを積んでいるが、所詮ビジネスバイクである。満載の荷物を積まれ、絶えず全開で走らされ、おまけに油と埃でどろどろになってしまい、『わしゃ、こんな使われ方するために生まれてきたんとちゃうわい。』と主人に恨み言をつぶやいているかのようであった。まあ、おまえもこんな主人を持って不幸だったと諦めてくれ。ぽんとシートをたたいてやった。

   

因島大橋 原付道

無事帰ってきたCD90





 

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