温泉と玉子をもとめて
(但馬へ)


 先だって、但馬車中泊の旅について書かせて頂いた。シンプルな卵かけご飯とシルク温泉の旅である。それからまだあまり日数も経っていないのだが、なにやら無性にまた卵かけご飯が食べたくなった。それなら家で食べればいいのであるが、そこがまた人間の変なところである。というか私だけのこだわりかもしれないが。人跡未踏の渓流で野宿をした夜、焚火でこんがりと焼き上げたイワナほど旨いものはない。酒の肴には最高だ。もちろんそれは自分で釣ったものに限る。あとは気が置けない友との楽しい会話が有れば、他にはもう何もいらない。
 ところがスーパーで買ってきた養殖アマゴを家で焼いて食っても、全然旨くない。アジやイワシの方がどれだけ旨いことか。それと全く同じである。味というものは、気持ちが最大の調味料である。ということで、今回は前回の上にさらに「バイクの風」という至上の味付けを加えていただくことにする。

ようこそ 生野のさとへ  の看板。由来が書かれてあった。



 篠山市の西紀町経由で国道9号線に出る。若いころこの辺りはよく通ったものだ。しかし道は広くなったものの、なんとなく寂れた感がするのは否めない。かつて賑やかだった峠のドライブインなどで、現在もそのまま残っているのは稀だった。そして福知山市街に入る手前で、小式部内侍の看板を見つけ、ふと立ち寄った。

 小式部内侍は和泉式部の娘で、ともに平安時代を代表する女流歌人である。そして小式部内侍の「大江山 いくのの道の 遠ければ まだふみもみず 天橋立」という歌は、百人一首の中でも抜群の人気を誇る歌の一つである。この歌が生まれた経緯は古今著聞集に残っているが、なんでもデビュー前の小娘だった頃、母が丹後の国に嫁ぎ、残された娘が京の歌合に抜擢されたらしいが、全く無名のこの少女を実績あるオジサマの歌人が「お母ちゃんに代作を頼んだやろ。その使いはもう戻ってきたかな?」とからかったらしい。普通ならそれだけでビビってしまい和歌を詠むどころではないだろうが、そこは小式部内侍、ちょっとオジサマお待ちなさいな、と袖をつかまえてこの歌を詠んだそうである。

 これは「ふみ」「踏み」「文」をかけて、「大江山や生野への道は遠いので、さらに遠くの天橋立には、私は足を踏み入れたこともありませんし、当然母からの手紙も見てはおりませんわよ、オジサマ!」という意味の歌である。即座にこんなド級の和歌をつきつけられて、このオジサマはたじたじとして、返歌をすることも出来ずに尻尾を巻いて逃げ出したということである。そしてこの地こそが、かつて栄えた生野だそうである。

今は閑静な農村であった。


 生野の地をあとにして、但東町へ向かう。この登尾峠も整備され、トンネルで一瞬にして通過した。便利にはなったが情緒はなくなった。そして但熊へ到着。まずは玉子かけご飯である。前回同様、5個の生卵をかっ食らった。別に意地汚く大食いしたわけではないが、無意識にそうなっていたのだろう。あまりの勢いに気管に入ってしまい、ゴホゴホと派手にむせ返ってしまった。背中になんとなく他の客や店員からの、冷ややかな視線を感じた。なかなか上品に生きられませんなあ。

玉子かけご飯  但熊

チューリップが満開でした。

春じゃのう・・・・。

またまた5個も食べてしまった。このシンプルな味はやみつきになる。



 体の内側が玉子で満たされてツルツルになったあとは(もちろん見えるはずもないし触れるはずもないが、そんな感じがする、ということで・笑)、今度は体の外側である。シルク温泉は肌がツルツルになる温泉である。和歌山の龍神温泉にも引けをとらない。この日は平日だったので客も少なく、のんびりゆったり長時間楽しむことが出来た。

 効果はテキメンで、帰宅した途端に、開口一番に嫁さんが、「どないしたん? ピカピカの男になって!」と言った。「いやぁ、効果てきめん。それでこそ行った甲斐がある」と鏡を覗いてみたら、ピカピカの男というよりも、薄くなった額から上部が輝いていた・・・・・・。

                                                     (2014.4.25)




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