冬の龍神温泉へ

紀伊半島 耐寒48時間 耐久ツーリング?
( 2002  2/9 〜 2/10 )


第1日目 2月9日(土)


 『今日まではおだやかな日でしたが、明日からは寒波の影響で、急激に冷え込みます・・・』 明日から紀伊半島へツーリングに行くというその前日、天気予報のお姉ちゃんが無情にもこのようなお告げをする。


 毎度のことだけど、バイクに乗り始めて20数年、天候に恵まれたツーリングというのは、皆無に等しい。稀にあったとしても、そのときはそのときで別のトラブルに巻き込まれる。(剣山スーパーー林道のように・・・。)だから毎度のことなので、この予報を聞いても、そんなにしょげたりはしない。逆に1週間前の週間天気予報では、この日だけが雨の予報だったのだから・・・・。


 当日は思ったよりおだやかな天気で、朝8時に神戸のバイク屋跡でF氏と待ち合わせる。『バイク屋』というのは、かつて僕たちが世話になっていたバイク屋がここにあったのだが、あの阪神大震災後、無くなってしまったのである。

 学生時代はここでよく待ち合わせて、あちこち出かけたものだった。例えば『四国一周24時間耐久ツーリング』などである。今回もどうやら『耐久・・・』となりそうな予感がする。

 高速を使うなら、阪神高速や近畿自動車道に乗ればいいのだが、なにしろ僕のバイクはCD90。高速には入り込めない小排気量車である。 おまけに有料道路の『高野龍神スカイライン』は、冬期は二輪全面通行禁止である。ただひたすら、下道を走る。


 まずは国道43号線を東へ向けて、大阪に入る。そして26号線へと進む。このあたりは言ったら悪いが、交通マナーに関しては最悪である。 ぐいぐいと押しの強い奴が、強引にのさばっている。 『ハエ』のような存在の我がCD90なんか、邪魔者扱いである。空気も悪いし街並みも汚いし、僕らにとっては、ただの『通過地点』にしか過ぎない。単車にとっては全く魅力のない町である。

  


               

 


 泉佐野から熊取町に入り、打田町を抜けて国道424号線に入る。いかにも400番台の3桁国道らしい道ではあるが、いかにもツーリングに来た、といった気分になる。途中、生石高原という看板を見たので、ちょっと立ち寄ってみたのだが、バブル時代の産物なのか、別荘用地の分譲地跡といったイメージの場所であった。季節がよくないせいか、あまり魅力を感じず、すぐ立ち去った。


 その後、金屋町の道の駅で昼食とする。天ぷら付きの昔風のうどんを食べる。どことなくぬるぬるした食感の、ちょっと変わったうどんであった。このあたりは『明恵上人』のゆかりの地らしく、生誕地とゆかりの歓喜寺に足をとめる。この人は『夢記』というものを著したそうで、今でいう精神分析のようなことを、フロイトやユングより遥か昔に行なっていたそうである。恥ずかしながら、僕はこのことについてはあまり詳しく知らないのだが、友人のF氏に教えてもらった。彼は理学部の大学院まで進んでいるが、なぜかこの手の知識を豊富に持っている。ワケのワカラン奴である。あとは424号と425号を快調にとばす。

           
         ( 明恵上人 生誕の地 )                   ( 歓喜寺 )


 たしかに多少冷え込むものの、そんなにたいした寒さではなく、お日さんも出ていて快適そのものである。途中でビニール袋いっぱいのミカンを、無人販売所で100円で買った。 15〜16個入っていたであろうか、二人ではとうてい食べきれない。とりあえずいくつか食って、宿に持ち込むことにする。その後、美山町を通り、龍神へとひた走る。道は快適そのもので、椿山ダム沿いなどは、かつての紀伊半島の山間部を抜ける山道とは思えない。小さい頃に家族に連れられてきたとき、「もうウンザリ、山ばっかり大嫌い」、と言ったのを記憶しているが完全に整備され、全く別のところに来たような感覚である。

 3時頃にはもう宿に着いてしまうので、温泉街にある元湯へ行った。ここもきれいに改装されていて、かつてのひなびた公衆浴場といったイメージは微塵もない。川沿いに面したこの建物は、2階がロビー、1階が男湯3階が女湯になっていた。


 最初は冷え切った体には熱湯のように感じたが、しばらくするとちょうど快適な温度でゆっくり手足を伸ばす。長時間バイクに乗り続けたあとの温泉は、至福の瞬間である。そしてさすがに日本三美人の湯の一つである。『お肌がスベスベ』とか『化粧水がいらない』とよく言われているが、ほんとにその通りである。何か薬品でも入れているんじゃないかと疑ってしまうほどである。体全体が、なにか膜のようなものに包まれたようで、異様なほどの感触である。そりゃ、これにつかれば美人になるのは間違いないだろうと実感する。うちの鬼嫁などは、ここに一年ぐらいずっと湯治に来たらいいのに、と思ってしまう。

           
          ( 龍神温泉 元湯 )                   ( 玄関にて )


 あちこちに龍神特産の土産物屋ができていたが、ある店でお玉を買う。かつて、ステンレスやプラスチックに取って代わられるまでは、木製のしゃもじやお玉が主流であったが、いまはもはや珍しい民芸品になってしまっている。名も無き木地師が使いこなした道具で職人技を発揮して、一本一本手作りで作っていたそうだが、もうそんな職人さんも数少ないと聞く。 買ったお玉は、そんな職人さんが作った品物である。削りあとも鮮やかに、しかも木独特のぬくもりがある。そのうえその素材の木は、伝統通り、栗の木で作られている。これは使い込めば使い込むほど、味のある茶色になるそうである。よく使われる言葉だが、『雑器の美』を感じさせるものである。ただ現在はもう民芸品であるから、値段がそれなりにするのはちょっといただけないが・・・・・、まあ仕方がないのだろう。



 5時頃宿に着く。今回の宿は『丸井旅館』である。「まごころの宿」を売りにしているが、ここはほんとにその通りの宿だった。

 まず電話で予約したときから、その話しぶりであったかいものを感じた。パンフレットを送ってもらったが、それには女将の手書きの手紙が添えてあった。わざわざ一人一人に、コピーではなく直々に書いてくれたのである。そして出発する前日、わざわざ天候と交通状況について電話をしてきてくれた。冬期は凍結のため、高野龍神スカイラインは2輪全面通行禁止になっているが、もちろん一般道路も雪の影響でを受けやすい。そのため大変ありがたい連絡である。


            
           ( 丸井旅館 )                       ( 龍神のボタン鍋 )


 まず温泉につかる。旅館の前の国道を、旅館内から専用のトンネルを抜けて向かいの川沿いの建物にたどりつく。変わった構造である。風呂は総檜風呂で、そう大きくはないものの、たまたま私一人だったのでのんびりとしたひとときを過ごした。そして入浴後ビールを飲んで、しばしの間、うたたねをする。極楽極楽・・・・・。

 そして夕食。冬期限定のボタン鍋コースである。丹波篠山の名産でもあるが、野生のものゆえ、多少のクセがある。それを味噌仕立てで消してしまうのだが、その味噌に秘伝があるようである。丹波篠山は、これも名産の黒豆からできた味噌をつかっているらしいが、ここ龍神ではぱっと見た感じでは『粕汁』を思わせるほど、白い鍋である。それもドロドロのコテコテ・・・。それがグツグツ煮えて煮詰まってきたら、さらにネトネトになる。だがこれがうまい。同行のF氏はボタン鍋初挑戦らしいが、すき焼きよりはるかにうまいと満足げであった。あっさりとたいらげ、さらにもう2人前を追加注文する。生酒がサービスで出てきた。飲んで食って温泉つかって・・・・。ああ満足!


 

第2日目 2月10日(日)


 初日の文章をここまでご覧になった方は、『何が耐寒・耐久ツーリングやねん! おっさん二人が飲んで食って温泉浸かってるだけやんけ! 天候もエエし! 典型的なオヤジツーリングじゃ!』 とののしられるかもしれない。まあ、もう少しおつきあい下さいませ。

 翌朝、爽快な気分で宿をたつ。今日は奈良県の十津川へ向かい、そこから五条を経由して大阪の堺へもどり、帰宅する予定である。 龍神から十津川に向かう道は2本ある。一つは龍神の温泉街から東へ抜ける道と、もう一つは龍神村役場のあたりから十津川へつながる道である。一つ目の道はしばらく前から、全面通行止めになっているとのことであった。そこで後者の道を進むはずであったのだが、当日の朝になってその道に土砂崩れが起こり、通行できないという情報がはいった。宿で詳しいことを調べてもらったところ、全面通行止めではあるが、加財という地名のところから道を南に折れて本宮に向かえば、遠回りにはなるが、行けるとのことであった。その道を選ぶ。
 

 いわゆる1.5車線の山道を右に左にクネクネ曲がりながら、加財から右に進路をとる。そこまではヤマセミの湯などといった施設も少しはあったが、そこからは施設らしい施設も全くない。しばらくすると、見るからにお化けの出そうなトンネルがあり、中は漏水している。夜は決して一人では通りたくない道だ。そこを抜けたところに、右に林道があったが、舗装されている道をそのまま本宮方面へ進む。延々と山道を進む。あちこちに落石があり、こんな岩が頭の上に落ちてきたら痛いじゃすまんだろうなあ、と呑気に考えていたが、かなりあれた道である。でも調子よく走っていたところ、左のブラインドコーナーを抜けたとたん、いきなり限界のブレーキング。なんと、コーナーを抜けたところは雪道だったのである。もし突っ込んでいれば、転倒はまぬがれなかったであろう。 単車を降りて歩いてみたところ、もう雪ではなく完全な氷と化していた。歩くだけで何度も転びそうになる。ここから先は、ずっと氷道であった・・・・・。


          (コーナーを抜けるとそこは雪国だった・・・。)


 さすがに前には進むことはできず、どうしようかと思案する。加財までもどり、土砂崩れと聞いている道を強引に進むしか仕方がなさそうである。今来た道をまた元に戻る。なんとなくあほらしいものである。まあ仕方がないので淡々と走る。気のせいか、先ほどにはなかった落石が、あらたに増えているような気がする。やっとのことで、先ほどのお化けトンネルまで戻ってくる。どことなく、ひやーっとした冷たい空気が流れているような感じがした。そして土砂崩れの道へと突入する。車はダメでもバイクなら、と淡い期待を持ってCD90を走らせる。ここからかなりの距離を走ったのだが、それらしき気配はない。ひょっとしてガセネタ? と思ったりもしたが、これもいきなり現れた。作業中のダンプとユンボが通せんぼしているし、なにより土砂崩れ自体が完全に道をふさいでいる。4輪だから2輪だから、といったレベルではなかった・・・。ダンプのにいちゃんが、親切に迂回路を教えてくれたが、なんとそれは宿まで戻り、さらに昨日走ってきた道を逆送していくといった迂回路であった。


 この時点で、宿を出てからもうかなりの時間が経っている。ただでさえ今日のコースは紀伊半島の一番奥深いところを縦断する予定である。これ以上ロスしたら、帰りはいったい何時になるのだろうか? なんとしてでも、大阪の一番ややこしいあたりを明るい内に抜けたいと思う。 F氏と相談したあげく、あのお化けトンネルを出たところからすぐ右側の林道を抜けようということになった。F氏はSX200というバイクである。もう古いバイクだが、一応オフロードを走るようにできているから、全く異存はないらしいが、問題は私である。2年前、剣山スーパー林道を走ったとき、ドレンボルトが抜け落ちて走行不能になるといったトラブルにみまわれた悪夢が頭によぎる。そして今回は野宿できる準備はまったくない。ふつうならやめておくだろうなあ・・・・。何にも考えてないオジサマ2人は元気よく林道に突っ込んでいったのであった。



 さて未舗装の道に進んでからというのは快適そのものであった。もちろん我がCD90はゆっくりとしか走れない。あるところは崖づたいだったり、道があれていたりはしていたが、見事な渓流沿いの道は完全に整備された幹線道路よりはるかに気持ちがいいものである。もし夏場に来ているのなら、テントを張って釣り竿片手に何泊かしてみたいところである。そういえばこの辺りはアマゴの産地である。昨日もその塩焼きを食ったばかりである。

 途中に野の仏があったので、ちょっと手を合わせて前途の安全を祈る。今日はずっと曇っていて、なんとなく肌寒い日ではあるが、特に気にならず快適にゆっくりと山道を堪能した。ただ、時間がかかってしまう。まあ、雪や土砂崩れで道がふさがれているよりましなので、久々のダートを楽しんだ。単車も適度に泥で汚れ、ツーリングに来ているという実感がある。やっとのことで国道311号線に合流し、ここからは舗装路をひた走る。


               
              ( 林道 )                         ( 野の仏さま )

 かつて家族旅行でこの辺りを訪れたとき、「中辺路(なかべじ)」「近露」といった地名が、非常に印象的であったが、というのも当時は車一台が通るのが精一杯といってもいいような道で、紀伊半島の山の奥深さは極めつけだった。行けども行けども山の中で、子供心にも不安で不安で、そのせいで我が家ではこれらの地名はいまだに語りぐさになっている。ところが今は完璧に整備された2車線道路で、限界でも75キロほどしか出ない我がCD90にとっては、かえってつらい道である。たえず全開で走っても、ちょっとした登りになると、速い交通の流れには、ついていけない。幸い交通量は非常に少ないので、全開のまま気楽に走る。やっと熊野本宮にたどり着き、参拝する。いまちょうどNHKの『ほんまもん』が、このあたりをロケ地として放送されている。何の関係があるのかしらないが、「ほんまもんだんご」と「ほんまもん(なんだったかな?)」といった土産が売られていた。その後十津川まで走るが、やっとたどり着いたときは、もう1時をまわっていた。宿を出てすでに5時間近くが経っている。ほんとはここらで温泉にでもつかってゆっくり昼飯でも食って、というはずだったのだが、ちょっと時間が気にかかる。道の駅でとりあえず昼飯を、ということで寄ってそばを注文した。「つきたて・うちたて・ゆがきたて」の名産物らしいが、そのぶん遅すぎる。たまたま僕らの前に大人数の客が入ったこともあって、延々と待たされる。よりによってこういうものなのかな、人生って。30分待って食うのは5分。うまかったが遅かった・・・。


           
           ( 熊野本宮大社 )                      ( 熊野古道 )
  
 次に谷瀬のつり橋に立ち寄る。時間は気になるものの、ここをとばせばいったい何しに来たのやらわからない。ましてやF氏はこの辺りは初めてなので、素通りしたらどつかれそうである。私はといえば、何が嫌いかと言って高いところほど嫌いなものはない。おまけに今日は強風である。ただでさえ嫌なのに、今日は特に足がすくんでしまった。

           ( 谷瀬のつり橋 ・・・ ああこわかった!)



 もうあとは、ただひたすら走るのみである。このあたりは所々は改良されてはいるものの、1.5車線の道を走る走る・・・。へたくそな車の後に付いたときはイライラする。遠慮無く抜き去り、先を急ぐ。 このあたりから、ついに『耐久ツーリング』の様相を呈してきた。やっぱりこうならなかったら、おさまらんのかねぇ・・・。昔はナナハンで、今はビジネスバイクで、年齢は倍になったけど、やることはちっともかわっとらん。

 大塔村を通り、天辻峠を越えたときには、空中には白いものが舞っていた。やっと五条にたどり着くまで、民家らしいものは、ほとんどなかった。ここから310号線を通って堺へと向かう。ほんとにこれが国道かいな? と思うような道だったが、峠を登り詰めて奈良と大阪の県境を越える。ところが県境はなんと雪景色だった。今降ったばかりのようで、凍結はしてなかったのが幸いだったが、寒い。ほんとうに寒い! 今回はなんとか天気には恵まれたと思っていたが、待ってましたよ、雪景色!こけないように慎重に走る。指先や足先がだんだんしびれてくる。でも峠を越えて市街にはいると、まったく雪などうそのようであった。


       ( 県境の峠にて・・・なんで雪なんか降るねん!)

 堺にたどり着いたあと、ここから先は行きに通った道である。大阪のいちばんゴチャゴチャしたところを通過するわけだが、なんとこのあたりで暗雲が立ちこめてきた。ついに来るのかと思っていたところ、やっぱりついに来ました来ました、大好きな雨。みぞれ混じりで、ザーッ洗礼をしてくれました。幸い短時間だったので、気にせず走り続けた。もう薄暗くなってはいたが、なんとか明るい内に大阪を通り抜けられたのだった・・・・・。もう完全に耐久・耐寒ツーリングになってしまっていた・・・・・。


 神戸の集合場所でちょっと休憩して、それぞれの家路に向かう。私はここから40分程度だが、F氏は姫路だから、まだ2時間近くかかる。お互いの無事を祈り、別れた。
  
 久々に堪能するぐらい、今回のツーリングは走り回った。 わずか90ccのエンジンはよく頑張ってくれた。実はこのツーリングに行く前に風邪をひいたのと、職場のストレスとで、胃がシクシクと痛んでいた。ストレスなんて感じない性格なのだが、実は少々疲れることが多くあったのである。それがこのツーリング中、一度もその痛みを感じたことがなく、この文章を書いている今まで、まったく忘れてしまっていた。なんともまあ、人間の体は正直にできているものである。


 帰ってきたとたんに、鬼嫁と子供の何か言いたそうな目つき・・・・・。(父ちゃんだけええなあ・・・、と。) 胃痛の復活も時間の問題であろう・・・・・。





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