つばすはまちめじろぶり

福井県東尋坊沖にて



 1996年11月14日

 船を仕立てて、はるばる三国漁港まで『ハマチ』を釣りに出かけたことがある。ハマチは出世魚で、小さい頃はツバス、少し大きくなるとハマチ、60センチほどをメジロ、さらに大きくなったらブリという。ところでその境目は何センチとよく考えてしまうのだが、このあたりはきっちりとした数字での境目はない。 なんていい加減な、とは思うが、こんな話もある。


 日本では虹は七色である。『』『』『』『』『』『』『』の七色で、これは常識である。ところがアメリカでは虹は六色である。アメリカと日本では気候が違うし住んでる人間も人種が違うから、自然と虹の色も違ってくる・・・・・、なんてことはあり得ない。虹は虹である。ではなぜこんなことが生じるか?つまり虹をどうとらえるかという、人間側の違いである。アメリカには『藍』という言葉ない。無いから、『藍』という色も認識できない。つまり言葉が与えられてはじめて、そのものが認識されるということらしい。だから『ハマチ』という名前が与えられてはじめて、あのうまい『ハマチ』の刺身が食えるのである? なんか訳わからなくなってきた・・・・・。まあ、どうでもいいか、そんなこと。『ハマチ』はうまい。それだけで十分である。ところでその『ハマチ』というのもどうやら地方名であるらしい。関西人にとっては信じられないことだが・・・・。


 この日の昼頃から北陸道をとばし、夕方から沖合で釣り始める。50号というとてつもないおもりに、太い糸、そして巨大な針、といった仕掛けを用意して釣り始めた。普段の釣りとはすべて桁違いのサイズである。確かにねらう魚が普段とは違って巨大なので、これぐらいは必要なのかもしれないが、見るも恐ろしいような巨大な針である。こんなのに突き刺さったらさぞ痛いだろうなあと思う。


 昨日の釣果を聞くと、ハマチが3桁釣れたとのことである。こんなに釣れたらいったいどうしようと思っていたがハマチ好きは多いので、近所に配り歩こうと考えていた。ところが、である。全然釣れないのだ。時間は刻々と過ぎていく。船頭さんに潮の具合を聞くと、「潮? そんなもん日本海には関係あらへん。おったら食うんや」という単純明快な答えだった。 その後しばらくしてやっとパタパタッと釣れ始めた。 僕の竿にもハマチが1本、食らいついた。40センチ弱である。でも相当な引きと水深なので、巻き上げるだけでも一苦労である。その後ついに60センチ級のメジロを釣り上げた。こりゃもう、格闘技である。リールを巻く手も竿を持つ手もパンパンに張っていた。こんなのを何十本と釣ったら、それこそ筋肉痛で次の日は仕事にならないだろう。


 結局私に釣れたのはこれだけだったし、他の者も似たり寄ったりであった。ご近所に配り歩くどころか、すでに釣ってきたら持っていくからな、と知らせていた数も釣れなかった。日頃の行いの悪い者ばかりが行ったためか前日と比べれば散々な結果に終わった。 でも自分としては、今まで釣った魚の最長寸が50センチだったが、それはボラだったので、恥ずかしくて人には言えない。まあ、それを上回るサイズを釣って、自己記録更新なのだから、良しとしておこう。でもこんな豪快な釣りばっかりしてたら、小遣いはすぐに底をついてしまう。たまにしかできない釣りである。
                                                (2001/6/11)





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