北海の熊、滝の主に会いに行く。




 夏の北海道旅行の時以来、私はをたくわえている。特にこれといった理由はなく、ただ単に無精髭がさらに伸びてしまっただけのことであるが、一ヶ月もすれば自分のイメージの中ではもう完全に定着してしまい、今は逆に、特に剃る理由も見あたらないから、はやしているだけである。


 ところが久しぶりに会う人にとってはかなりのインパクトがあるようで、私の顔を見た途端に口から出る言葉はきまって「わぁ〜、クマみたいだぁ〜!」である。これは老いも若きも、男も女もかわらない。やはり相当クマのイメージが強いのだろう。まあ本人も、別に気を悪くしているわけでもないので、言われるがままにしている。



 この前の日曜日(9月11日)に、所属している釣りクラブの会合があった。その打ち合わせのために、色々とメールでのやりとりがあったが、なぜかここではこのヒゲ面のこの顔を見られる前に「北海の熊」とか「知床の羆」とかいった、結構なあだなを頂戴していた。北海道旅行で野生の羆に遭遇したことがきっかけだが、ヒグマに出会ったのは私であって、私がヒグマではない。つまり前々から私はクマのイメージがあったようだが、今回の会合でヒゲ面を見せた途端、もう誰一人私の本名を呼ぶ者はいなくなってしまった。完全に『クマさん』に定着してしまったようである・・・・。


 そして「熊」といえば「鮭」である。 長い間、北の冷たい海を旅しながら豊富な海の幸を喰らい、巨大な化け物に育って母なる川に回帰し、そこで産卵してその一生を終える、という壮絶な生き方に悲哀を感じるが、その鮭を狙って熊は川に出没する。


 ところで今回の釣行先は、鳥取県に流れる千代川のある支流である。そこには大きな滝があり、その滝壺は大物ポイントとして実績のあるところである。私も「北海の羆」と呼ばれたからには、鮭とはいかないまでも、それ相応の獲物を手にしなければ、格好が付かない。知人には冗談で「尺モノを釣って、刺身にして食わしたる!」と言ってはいたが、年がら年中こんなことばかり口にしているのでオオカミ少年のようになってしまい、誰も本気で聞いてはいない。実際いままで一度も尺イワナなんて釣ったことないもんね。まあ今回も、気持ちだけは尺イワナ、で行こう・・・・。


 川に降りてまず一投目、テンカラ竿を振る。今回の自作毛針はピンクと赤の胴に白い毛を巻き付けたもので、名前を「イチゴミルクの甘い囁き」という。(なんちゅうふざけたネーミングやと、我ながら恥ずかしくなる・・・。)いきなり反応があり、18センチそこそこの岩魚が釣れる。黒い魚体に白とオレンジの斑点があるきれいな魚である。自分なりのルールで、親指と人差し指の間の長さ(およそ17センチ)以下はリリースすることにしており、かろうじてキープサイズではあるが、さい先のいい一投目の釣果なので、そっと川に戻してやる。あとで後悔することがなければいいんだけどなぁ、と思いながら・・・・。というのも最初だから余裕の釣りをしているが、結果的にその一匹が最初で最後の釣果だったという苦い経験が、過去には何度もあったので・・・・(笑)。

「イチゴミルクの甘い囁き」をガブッ! きれいな渓の宝石「イワナ」


 程なくして次のポイントで22センチほどのイワナが釣れる。またまたきれいな魚である。これは迷わずキープした。そして次は若干小ぶりながらも、ピカピカと輝く美しいアマゴである。どうも今日は調子がいい。北海の熊さんを、川は歓迎してくれているようだ。その後も順調に、22センチから26センチほどのイワナとアマゴをびくにおさめていった。

これまたピカピカの宝石「アマゴ」 尺イワナ!!


 そして大場所の滝壺である。ここでは過去に9寸のアマゴを釣ったことがある。幅広のアマゴだったので非常に迫力があって引きも強く、いい思いをしたところである。岩陰に姿を隠し、毛針を打ち込む。二流し目にガツンと手応えがあり、竿でためる。どうもこれはただもんじゃない。とてつもなくでっかいぞ!とワクワクしながら、そして心臓はドキドキさせながら、相手を引き寄せる。本当は時間的には短いものであっただろうが、体感的には非常に長く感じながら、やっとのことで手元に引き寄せた。それは見事なイワナであった! これは私の親指と小指の長さ(22センチ)をはるかに越えている。おそらく尺(30センチ)はあるだろうと思うと、思わず顔がほころんでしまう、というより、にやけてしまっていた。思えば最初、岡山の薮沢ではじめての岩魚を釣って以来、「いつかは尺イワナ」をめざして、北陸や中国・近畿をさまよったのである。幸いなことにヤマメは何年か前に尺モノが釣れたが、イワナはあとちょっとのところで尺に届かないといったものはあったものの、未だに尺を越えるものは釣れずにいた。「孤高を維持する最源流域の魚」であるイワナは、私にとっては別格の憧れの魚であった。


 いままでに出向いた渓や、私の竿を曲げた魚たちを振り返りながら、しばらく感慨に浸って目の前の大滝を眺めていたが、なんとなく釣り欲が失せてきた。というよりも十分に充実感に満たされたのだろうか、もうこれ以上釣り続ける気がしなくなって、竿を納めることにした。最初の予定では、この滝壺を攻めた後は、この滝を巻いてさらに上流の滝まで釣り進むつもりだったのだが、何となく耳元で森の精霊たちが、「もう十分釣ったやろう?」とささやいているような気がしたのでやめにした。実はこれより上流も、かなり魚影が濃いのではあるが・・・。 ある釣友が言うには、「常に渓流の神さまは大きな声ではなく小さな声で話されます。ふだん気づかないような気にも止めないようなその声を素直に受け入れ行動すること、これが渓流師として最も大切なことである。」ということである。う〜ん、含蓄のある言葉ですなあ・・・・。もちろんそんな高尚な境地は、俗っぽい私にとってはほど遠いものであるが・・・・・(笑)。

大物の潜む滝壺


 車を止めた場所まで山道を歩いて登っていたとき、森の精霊たちの声にあらず、なにやらガサガサという物騒な物音が・・・!思わずクマよけの笛を思いっきり吹いた途端、薮からおっきい声で、「うぉ〜! 人間や〜!」と叫んでいた。あ〜良かった。栃の実ひろいのオッチャンだった。軽く声を掛け合って分かれたが、ふと後で思ったのだが、「うぉ〜! 人間や〜!」人間というのはそのオッチャン自身のことか、それとも私のことか?


 釣りクラブのメンバーが、それぞれの釣果を持ち寄り、私のイワナにメジャーをあてたところ、ちょうど30センチあった! 北海の熊が、それにふさわしい獲物を手にした瞬間であった・・・・・・。刺身にして食す。

証拠写真  30センチ! 釣りクラブ例会の一コマ・・・。天然ウナギです。


                                                       (2005.9.15)

 



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