鳥取の『ぼっかあ』


 

 
 タイトルに鳥取の『ぼっかあ』と書かせてもらったが、なんの違和感もなくすんなり耳に響く人と、いったい何言っとるねん、という人に分かれることと思う。大半は後者であろう。そして私もその一人である。


 人間にとって食は最も大切で、そして関心の深いものの代表であろう。古来、人間は食うことを巡り、争ったり血を流したりしながらも、文化を形成していった。その結果、今日の人類の発展がもたらされ、21世紀にはさらなる発展を迎えようとしている・・・・・。


 なんて壮大なことは私には何の関わりもなく、ただ、食材は人間にとって関わりが深いということが言いたいだけである。当たり前だが・・・。 ところで、関わりが深ければそれだけ呼ぶ機会がふえ、事細かにそれぞれの場面・部位に応じて名前をつける必要がある。例えば米がいい例である。 「米」「稲」「苗」「籾」「飯」「藁」「飯」「穂」「玄米」・・・・。  いったいどれぐらいあるのか、見当がつかないほどである。


 さて『ぼっかあ』である。ふつうは『がしら』である。でもそれもどうやら普通ではないらしい。図鑑には『カサゴ』と載っている。頭と口が異様にでっかく、色は赤とも黒ともいえるし、緑とも黄色ともいえるような模様がある。あんまりかっこのいい、きれいな魚ではない。ツラアラワズ(面洗わず)』とも言うらしい・・・。この魚を鳥取では『ぼっかあ』と呼ぶ。 岩礁地帯やテトラポットをすみかとしており、近づいてきた小魚やエビをパクっと食って生きている。 かなりどう猛な魚である反面、非常に釣りやすい。 なんせ目の前にエサを落とせば食いつくのだから。


 この魚は昔からメバル同様、食材としてよく知られた魚である。 話によると、昔、江戸では5月の節句には煮付けにされて、『武者煮』として祝いの席に出されたそうである。あのゴツゴツした、いかつい頭が武士の兜に似ているかららしい。それほど人となじみの深い魚である。ただ、あんまり市場には出回ってないので、全然知らないよ、という人も多いかもしれない。


 というわけで、これも例に漏れず、いろいろな地方名を持っている。 (なんと長い前フリか・・・。悪文です。)それにしても『ぼっかあ』というのは、なんと間抜けな名前だろうか。いかにも大口あけてポカーンとした顔が連想されてしまう。言い得て妙というのはこのようなことを言うのだろうか? 誰が最初に名付けたかは知らないが、鳥取の人は非常にうまい名前をつけたものである。



 ところで今回はその『ぼっかあ』を釣りに 鳥取へでかけた。今回の釣り場は、あるひなびた漁港の防波堤である。短い竿におもりと針だけをつけただけの、これ以上シンプルな仕掛けはないといったものに、冷凍のエビをつけ、テトラポットの隙間に落とし込むだけである。そこにいれば食いついてくる。いなければ場所を変わる。といった単純明快な釣りである。浮きを見つめて繊細なアタリをのがさずにあわせて・・・、といったようなテクニックは全く必要ない。気をつけなければいけないのは、場所が場所だけに、テトラにもぐりこまれたらやっかいなので、食いついたら有無を言わさず強引にリールを巻き取るといったことぐらいか。たまにはこういう釣りもいいものである。


 というわけで、あんまり釣り自体については書くことがないのが欠点である。ちっちゃいのは全部逃がしてやり、クーラーには食べ頃サイズを5匹だけ残した。持ち帰って、定番の煮付けにしてもらう。これは絶品である。酒の肴には最高である。 息子たちに、節句の『武者煮』を食べさせるために、という口実で鬼嫁を説得して釣りに行かせてもらったのに、ほとんど己の口に入ってしまった・・・・。次回の釣行は、いつ許しが出るだろうか・・・・・?                  
                                                ( 2001/5/20 )


『ぼっかあ』 の 武者煮



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