尺二寸の大岩魚物語


九頭竜川源流にて




                



 我輩は岩魚である。名前なんてあるはずはない。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。なんでも冷たい水の中でちょろちょろ泳いでいたことだけは記憶している。

 その後ちっちゃな虫を捕まえたり流れてくるミミズに食らいついたりしているうちにどんどん体は大きくなり、一層食欲も増してきた。もっと大きくて食べごたえのあるものが食いたくなり、ちっちゃなを呑み込み、果ては自分と同じ仲間である岩魚を、ひょっとしたら自分の兄弟だったかも知れない同族をもひと呑みにして、これまで自分の命をつないできた。そしてついに尺二寸にまで成長した。

 だがその巨体と寄る年波には勝てず、最近はあちこち体の具合が悪くなってきた。腹が出てきてブサイクな体型になってしまったこともあるが、なにより辛いのは水面に映った自分のを見るときである。これはほんと嫌になってくる。「山の獣」と呼ばれる我が一族だが、どう見ても私の顔つきは良い歳を重ねたとは言いづらい。どん欲に食うことばかりを考えてきた結果、非常に欲深さばかりが表情に滲み出て品のない顔になってしまい、おまけに老醜ともいうべき醜さが備わり、どうみても不細工そのものの面構えである。そういえばある岩魚仲間が吾輩のことを、「意地悪婆さん狐みたいだ」と悪口を言っていた。

 今まで誰から好かれることもなく孤独に細々と薄暗い渓流で生きてきたが、この先さらに生きていても何の希望もない、半ば自暴自棄になりかけていた、そんな矢先の出来事であった。


 平成28年5月4日、孤独ながらも平和に過ごしていた我々の聖地にズカズカと土足で(長靴で)踏み込んでくる奴がいた。そして二本足で歩くそのに似た男が、まるまると太ったいかにも美味そうな幼虫の中におぞましい釣り針を仕込んで、吾輩の鼻先にちらつかせたのである。

 この男はいかにも釣師という格好はしているが、見たところあまり上手そうには思えない風貌である。自分では達人ぶりたいけれどもなかなか実績が伴わない、いわゆる『下手の横好き』そのものの釣師のように見える。これは後で知ったことだが、天国で出会った因幡の国出身のイケメン尺一寸君が言うには、「自分を天国に送り込んだくださったご主人様は、君を地獄の底に突き落としたその下手の横好き男と知り合いらしく、この男は30年も釣りをしながら今だに『尺物』を釣ったことがない」ということである。魚の吾輩から見ても冴えない釣り師ではあるが、やはり吾輩の見立てに間違いはなかったようである。ちなみにそのイケメン君のご主人様は、他のイワナ君はもちろん、アマゴ君、ヤマメ君のそれぞれ尺物を過去にお釣りになっているそうである。

 そこでふと思った。いずれにせよ吾輩はそう長くはない。漁協管轄の河川に住んでいるから、ひょっとしたら吾輩は元々は放流モノかもしれない。まあ人間様によって与えられた命なら、人間様の役に立って寿命を全うするのもまた吾輩の使命なのかも知れない。だがどうせなら名のある釣り師に釣られて寿命を全うしたいところだが、そうなると吾輩ごとき尺二寸では数ある釣果のうちの一匹でしかなくなってしまう。逆に名も無きヘボ釣り師に釣られたら、それも尺物を一度も拝んだことのないこの哀れな男に釣られてやったら、きっと最大級の喜びをくれてやることになるだろう。さすれば吾輩はそのヘボ釣り師の記憶の川の中で永遠に泳ぎ続けるに違いない。ということで南無阿弥陀仏と唱えながら一気に突進し、喉の奥まで思いっきりその針付きのエサを呑み込んでやった・・・・・。                                         (2016.05.09)

         天国で知り合った因幡のイケメンくん

 



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