念願の 『ちぬ』
 
                                        




 
1996年9月25日のことである。もう5年も前の話を、今更なんでとは思うが、やはり釣り師としては忘れられない日がある。この日もそんな1日であった。

 『ちぬ』という魚は正式名をクロダイといい、名前の通り普通のタイを黒くしたような魚で、れっきとしたタイ科の魚である。○○タイというのはたくさんあるけれど、タイと名付けりゃ市場価値が上がるために、ほんとはタイ科でもないのにそう名付けられている偽物が多い中、これは本物のタイ科の魚である。

 関西ではもっぱら『ちぬ』というが昔、大阪湾は
『茅渟(ちぬ)の海』と呼ばれていて、そこを代表する魚、ということで、『ちぬ』と言ったとか。それほど魚影は濃かったそうである。ところがこの魚、人間の生活圏にごく近いところに棲息するためか、何でも食う。例えばスイカやコーンを餌にて釣ることもあるらしい。またそのせいか、非常に警戒心が強い。 だからなかなか釣れない。おかしなもので、だからこそ、釣りたくなる。その結果、海釣りのターゲットとしては人気ナンバー1である。

 およそ海での釣りを趣味とするもので、ちぬを釣ろうと思ったことがないものは、まあいないのではないか?私も例に漏れず、その一人であった。でも1度も釣れたことはない。たった1度だけ、10センチのものを釣ったことがあったが、大阪ではなんとこのサイズを
『ババタレ』と言う。いかにも関西人らしい呼び名である。その『ババタレ』はともかく、ちぬを釣ったことはない。この日はそれを目当てに釣りに行った。

 

 この日は夕方から、兵庫県の明石の沖の一文字防波堤に渡してもらって半夜の釣りをした。およそ10人の友人と同行したが、誰もが自分こそは、と思っている。私はこの手の釣りはあまりよく知らないが、せっかくだからちぬ狙いに仕掛けを準備していた。夜だから少々太めの仕掛けの方が有利かもしれないと思い、ちょっと自分だけの工夫を凝らす。

 現地ではテトラポットの上から、足下を釣る。夜の明石海峡はとってもきれいである。その海に浮かべた赤い電気浮きをじっと見つめていた。最初の1時間ほどはまったく何の気配もない。一度かすかにあたりらしきものがあったが、何にも釣れなかった。

 そうこうしているうちに、なんとなく浮きが押さえ込まれたような気がした。ほんのかすかである。そのうち赤い電気浮きの光が海中で
ジワーっとにじんでいるような感じがする。体が反射的に竿をしゃくろうとするが、じっと耐えた。何かの本で、このあと浮きがすっと引き込まれた瞬間にあわせろと書いてあったのを思い出し我慢した。この間、結構長く感じられたのだが、やがてマニュアル通り、浮きがすっと海中に消えた。この瞬間、全霊を込めてあわせを入れた。なんとも言えない手応えである。大物を釣った経験が数少ないため、経験豊富な人から見たらたいしたことは無いかもしれないが、そのときの私には未知の強烈な引きであった。左右に暴れ回るのをいなしながら、やっとあみですくい上げたら、正真正銘の『ちぬ』であった。30センチちょっとだから、ちぬ釣り師から見れば小物かもしれない。でも決して『ババタレ』ではない。私にとっては、人生最初のちぬであった。友人に締めてもらい、クーラーに納める。


 その後、メバルとガシラを数匹釣っただけで納竿となったが、うきうきして帰宅した。翌日、あつあつの塩焼きにスダチをしぼり、しょうゆをかけていただく。秋のちぬは絶品である。家族がみるみるうちに、骨だけにしてしまった。




 今でもあの海中ににじんだ電気浮きと、香ばしいちぬの味は鮮明に残っている。だが、それ以降、『ちぬ』を口にする機会は、2度と訪れてはいない・・・・・。
                                                (2001/6/10)

 



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